「大丈夫だよ。意志のあるところに、道は開く」
少し寂しくなった時、翠がしっかりとした口調で言った。
彼は湖のずっと先を見据えている。
「それ、初めて会った時も言ってたね」
『翠様』としての翠と初めて村で会った時。
彼は、カヤの眼を真っすぐに見つめながら、その言葉をカヤにくれた。
「母上が教えてくれた言葉だ」
何気ない彼の言葉に、カヤは息を呑んだ。
翠の口から、彼の母様の事を聞いたのは二度目だった。
一度目は、翠とコウが同一人物だと明かされた時。
あの時翠は、自分が女の人の恰好をしている理由を、先代の神官である母親が女児を産むことなく亡くなってしまったためだと説明した。
まるで物語でも朗読するかのように淡々と言っていたから、カヤはあれっきりご両親の事に付いては触れなかった。
むしろ触れてはいけないのだとばかり思っていた。
「……翠のお母様、きっと素敵な人だったんだろうね」
だから、こんな風に翠が話をしてくれたのが嬉しかった。
「うん、強くて綺麗な女性だったよ。もう何を話したかとかはあんまり覚えては無いんだけど、その言葉だけははっきり覚えてる」
叶うのならカヤも会ってみたかった。
翠をこの世に産んでくれた方なら、カヤの恩人そのもでもある。
「だから、俺が一番大事にしてる言葉なんだ」
天を仰ぎながら微笑んだ翠を見ていたら、本当に出来る気がした。
彼が歩む道を共に行けば、いつかきっと。
「私達の夢、叶えようね。約束」
「ああ、約束だ」
そうやって契りを重ねる。
あなたから剥ぎ取った透明な想いごと、すべて覆って、守るように。
――――ぽつ、ぽつ。
湖のそこら中に、小さな波紋が出来始めた。
「あ……雨」
「降ってきたな。戻るか」
出かけに翠が言っていた通り、雨が降ってきたようだ。
2人は立ち上がり、慌てて村へと戻った。
その間にも雨は激しさを増して行き、2人が村の門をくぐった時には、土砂降りになっていた。
「……っ駄目だ、少し雨宿りしよう……!」
雨が地面に叩きつける騒音の中、翠がカヤの腕を引っ張った。
2人は間近にあった家の軒先に逃げ込んだ。
「凄い雨だねえ」
そう言ってカヤは、ずぶ濡れになってしまった衣を絞った。
村に入ったばかりのため、屋敷まではまだ随分距離がある。
「ちょっと出れそうにないな、これは」
「そうだね……」
ちらりと顔を出して夜空を見上げてみる。
桶をひっくり返したような勢いの雨が容赦なく掛かり、カヤは顔を引っ込めた。
とてもじゃないが、今この軒先を出る勇気は無い。
「もう少し待ってみるか。小降りになったら出よう」
「うん」
「ていうか、大丈夫か?びしょ濡れになってるぞ」
翠が羽織っていた衣で、カヤの頬を拭ってくれた。
残念ながらその衣からも水が滴っているため、あまり意味は無さそうだ。
「あはは、ありがと。でも翠の方こそ、水浴びしたみたいになってるよ……」
「――――ひゃー、酷いねえ!」
カヤはハッとして口を紡いだ。
二人の女性が、同じ軒先に走り込んできたのだ。
カヤ達と同じように、いきなりの雨に降られてしまったようだ。
隣で翠が、さりげなく女性達に背を向けたのが分かった。
少し寂しくなった時、翠がしっかりとした口調で言った。
彼は湖のずっと先を見据えている。
「それ、初めて会った時も言ってたね」
『翠様』としての翠と初めて村で会った時。
彼は、カヤの眼を真っすぐに見つめながら、その言葉をカヤにくれた。
「母上が教えてくれた言葉だ」
何気ない彼の言葉に、カヤは息を呑んだ。
翠の口から、彼の母様の事を聞いたのは二度目だった。
一度目は、翠とコウが同一人物だと明かされた時。
あの時翠は、自分が女の人の恰好をしている理由を、先代の神官である母親が女児を産むことなく亡くなってしまったためだと説明した。
まるで物語でも朗読するかのように淡々と言っていたから、カヤはあれっきりご両親の事に付いては触れなかった。
むしろ触れてはいけないのだとばかり思っていた。
「……翠のお母様、きっと素敵な人だったんだろうね」
だから、こんな風に翠が話をしてくれたのが嬉しかった。
「うん、強くて綺麗な女性だったよ。もう何を話したかとかはあんまり覚えては無いんだけど、その言葉だけははっきり覚えてる」
叶うのならカヤも会ってみたかった。
翠をこの世に産んでくれた方なら、カヤの恩人そのもでもある。
「だから、俺が一番大事にしてる言葉なんだ」
天を仰ぎながら微笑んだ翠を見ていたら、本当に出来る気がした。
彼が歩む道を共に行けば、いつかきっと。
「私達の夢、叶えようね。約束」
「ああ、約束だ」
そうやって契りを重ねる。
あなたから剥ぎ取った透明な想いごと、すべて覆って、守るように。
――――ぽつ、ぽつ。
湖のそこら中に、小さな波紋が出来始めた。
「あ……雨」
「降ってきたな。戻るか」
出かけに翠が言っていた通り、雨が降ってきたようだ。
2人は立ち上がり、慌てて村へと戻った。
その間にも雨は激しさを増して行き、2人が村の門をくぐった時には、土砂降りになっていた。
「……っ駄目だ、少し雨宿りしよう……!」
雨が地面に叩きつける騒音の中、翠がカヤの腕を引っ張った。
2人は間近にあった家の軒先に逃げ込んだ。
「凄い雨だねえ」
そう言ってカヤは、ずぶ濡れになってしまった衣を絞った。
村に入ったばかりのため、屋敷まではまだ随分距離がある。
「ちょっと出れそうにないな、これは」
「そうだね……」
ちらりと顔を出して夜空を見上げてみる。
桶をひっくり返したような勢いの雨が容赦なく掛かり、カヤは顔を引っ込めた。
とてもじゃないが、今この軒先を出る勇気は無い。
「もう少し待ってみるか。小降りになったら出よう」
「うん」
「ていうか、大丈夫か?びしょ濡れになってるぞ」
翠が羽織っていた衣で、カヤの頬を拭ってくれた。
残念ながらその衣からも水が滴っているため、あまり意味は無さそうだ。
「あはは、ありがと。でも翠の方こそ、水浴びしたみたいになってるよ……」
「――――ひゃー、酷いねえ!」
カヤはハッとして口を紡いだ。
二人の女性が、同じ軒先に走り込んできたのだ。
カヤ達と同じように、いきなりの雨に降られてしまったようだ。
隣で翠が、さりげなく女性達に背を向けたのが分かった。