【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「っくそ」

コウはカヤの腕を引っ張り、再びその背中に匿った。

そして、まるで無意識のように自らの頭に被る布を更にぐっと深く被った。

その様子を見てカヤは思い出した。
コウが『大っぴらに顔を見せられない』と言っていた事を。


(……どうして)

不思議で不思議で堪らなかった。

顔を見られては困るはずなのに、どうしてこの人は、頑なに自分を守ってくれようとするのだろう?


(嗚呼、少し違う)

そうじゃないのだ。
この人は、例えカヤじゃなくても、きっと当然のように助けた。

善意の先に、コウが得るものは何もない。
それでもこれから先、こうしてコウに救われる人は幾人も居るだろう。

疑問の答えは未だ見つからない。
しかし、頭の中で叫んでくる強い思いが、一つだけあった。


(私如きが、彼の道を絶ってはいけない)



「……あんた達、この男が誰だか分かってる?」

静かに吐いたカヤの言葉に、近づいてくる男達の足が止まった。

コウが、ちらりとカヤを見つめて眉を潜めた。
それを無視してカヤは言葉を続ける。

「この男、とんでもなく強いよ。悪いけれどあんた達、多分死ぬと思う」

カヤがそう言った後、しんと沈黙が流れた。
しかし一瞬後、男は乾いた笑いを漏らした。

「ハッ、そんな丸腰で何が出来るってんだよ」

男の声は余裕ぶっているが、少し動揺していた。
それを見逃さず、コウの肩越しに瞬きもせずに男達を凝視する。

「……あんた達まだ気付いてないの?」

「あ?」

「この男、剣持ってるよ」

「何っ?」

驚いたのは男達だけじゃなかった。
ぴくり、とコウの肩が僅かに揺れたのだ。

目線だけをこちら送ってくるコウの目は、困惑している。

ようやくその眼に視線を合わせたカヤは、ほんの少しだけ首を縦に振って頷いた。


(お願い、コウ)

どうか私の意思を汲み取ってくれ。


コウは何かを感じ取ったらしく、静かに前を向き直った。

その手がゆっくりと首元に向かう。
そして、肩から羽織っていた布の紐をシュッと解いた。

バサッと音がして布が地面に落ちる。


――――現れたのは、コウの左腰に差さる立派な剣だった。


鞘に付いたつるりとした薄緑色の石が、村灯りに反射して光を帯びる。
重厚感のある剣は男達だけではなく、カヤをも威圧した。


カヤの国では、普通の民は剣を持つ事は許されていなかった。
剣を持てるのは、王に仕える直属の兵や、身分の高い者のみだ。

この国も恐らく普通の民は剣の保持を許されていないだろう。
それは、村の人間達の様子を見て、なんとなく予想は付いていた。

そのため、男達が怯む事もまた、予想が付いていた。


「お、お前、何者だ……!?屋敷の者か!?」

案の定、剣を眼にした男達は後ずさる。
好機と踏んだカヤは、畳みかけるように言った。

「死にたくないなら、さっさと帰った方が良いよ」

「なっ……おい、どうすんだよ……!」

明らかに慄いている男達は、どうして良いのか分からないように互いに顔を見合わせる。

痺れを切らしたカヤは、

「ねえ、まだ分からないの?」

と言葉を投げかけた。


「その髪飾りで譲歩『してあげる』って言ってるの。意味、分かるよね?」


カヤがそう言ったと同時、図ったようにコウが刀に手を掛けた。
カチャ、と重たい金属音が鳴ったのが合図だった。

「っくそ、行くぞ!」

沸き上がってきたのであろう恐怖を声にして、男達はわき目もふらずその場から逃げ出した。

バタバタと言う焦ったような足音が遠のいていき、そしてあっという間に辺りは静けさに包まれる。