この国の民の幸福は、翠の人生を踏み台にして成り立っている。
それが彼の運命。さすがにカヤも分かっている。
けれど、名前も顔も知らない誰かより、カヤには今目の前のこの人の幸福の方が、ずっとずっと大事に思えた。
翠に向かってだけは、言えないけれど。
「じゃあさ、もし民が全員幸福になりきった時、翠は何を望むの?」
だから、そんな事を尋ねた。
翠は「うーん」と小さく唸り、やがて困ったように笑った。
「考えた事ねえな」
まあ、そんな気はしていた。
「だと思った」
そうぼやくと、不意に翠の指がこちらに伸びて来た。
カヤが頭から被っていた布の隙間に入り込んできて、そして控えめ髪に触れてくる。
慈しむような、弄ぶような。
「な、なに?」
いきなりどうした、と驚いていると、翠がぽつりと言葉を落とした。
「一つだけあるかも。望み」
翠の長い睫毛が、ゆるりと瞬いた。
その向こう側にある瞳は、カヤの髪を逸らす事なくなぞっている。
「髪を短くして、重たい衣装も全部捨てて、誰の目も気にせずに思いっきり草原を駆け回りたいな」
稲穂を揺らす風みたいに、と言って。
届かない望みを眩しがるように、眼尻を下げて。
(嗚呼、やっと本音に近いものを口にしてくれた)
翠を幾重にも覆うほんの一枚だけ。
たったそれだけを、剥がせたような気がした。
「……じゃあ、それが翠の二つ目の夢だね。一つ目の夢を叶えたらさ、次はそれを叶えよう」
「そうだな。誰も俺の事を知らない場所が良いな」
「それなら私が行こうと思ってる大陸の方とか良いんじゃない?きっと翠ものびのびと暮らせるよ」
「それありだな」
翠が屈託なく笑うから、それが嬉しくてカヤも笑った。
「ついでに一緒に行こうよ!是非とも私の護衛をして下さいな」
「いやいやご冗談を。カヤほど威勢が良ければ心配いりませんって」
「何を仰いますか。私とってもか弱いのですよ」
上機嫌になって調子に乗った発言をしたら、翠は吹き出した。
「ははっ、カヤと一緒に旅したらさ、毎日楽しそうだよな」
「同感。翠となら、何処まででも旅出来そう」
カヤも肩を揺らしながら言うと、翠がゆるりとした笑みを浮かべた。
「……行けると良いな、いつか」
「そうだね。行けるかどうかは分からないけど、行けると良いね」
そうだ。
まずは翠の夢を叶えるんだ。
カヤの夢はその後。
その時に、翠の二つ目の夢も一緒に叶えに行けると良い。
それが、いつになるかは分からないけれど。
そんな日は、永遠に来ないかもしれないけれど。
それが彼の運命。さすがにカヤも分かっている。
けれど、名前も顔も知らない誰かより、カヤには今目の前のこの人の幸福の方が、ずっとずっと大事に思えた。
翠に向かってだけは、言えないけれど。
「じゃあさ、もし民が全員幸福になりきった時、翠は何を望むの?」
だから、そんな事を尋ねた。
翠は「うーん」と小さく唸り、やがて困ったように笑った。
「考えた事ねえな」
まあ、そんな気はしていた。
「だと思った」
そうぼやくと、不意に翠の指がこちらに伸びて来た。
カヤが頭から被っていた布の隙間に入り込んできて、そして控えめ髪に触れてくる。
慈しむような、弄ぶような。
「な、なに?」
いきなりどうした、と驚いていると、翠がぽつりと言葉を落とした。
「一つだけあるかも。望み」
翠の長い睫毛が、ゆるりと瞬いた。
その向こう側にある瞳は、カヤの髪を逸らす事なくなぞっている。
「髪を短くして、重たい衣装も全部捨てて、誰の目も気にせずに思いっきり草原を駆け回りたいな」
稲穂を揺らす風みたいに、と言って。
届かない望みを眩しがるように、眼尻を下げて。
(嗚呼、やっと本音に近いものを口にしてくれた)
翠を幾重にも覆うほんの一枚だけ。
たったそれだけを、剥がせたような気がした。
「……じゃあ、それが翠の二つ目の夢だね。一つ目の夢を叶えたらさ、次はそれを叶えよう」
「そうだな。誰も俺の事を知らない場所が良いな」
「それなら私が行こうと思ってる大陸の方とか良いんじゃない?きっと翠ものびのびと暮らせるよ」
「それありだな」
翠が屈託なく笑うから、それが嬉しくてカヤも笑った。
「ついでに一緒に行こうよ!是非とも私の護衛をして下さいな」
「いやいやご冗談を。カヤほど威勢が良ければ心配いりませんって」
「何を仰いますか。私とってもか弱いのですよ」
上機嫌になって調子に乗った発言をしたら、翠は吹き出した。
「ははっ、カヤと一緒に旅したらさ、毎日楽しそうだよな」
「同感。翠となら、何処まででも旅出来そう」
カヤも肩を揺らしながら言うと、翠がゆるりとした笑みを浮かべた。
「……行けると良いな、いつか」
「そうだね。行けるかどうかは分からないけど、行けると良いね」
そうだ。
まずは翠の夢を叶えるんだ。
カヤの夢はその後。
その時に、翠の二つ目の夢も一緒に叶えに行けると良い。
それが、いつになるかは分からないけれど。
そんな日は、永遠に来ないかもしれないけれど。
