「あ、でも……私、翠様のお部屋に戻らなくてはいけないので」

そのため、カヤはやんわりと断りを入れた。


何度も似たような事があり、慣れつつもあったが、それでもカヤは心底不思議だった。

カヤに声を掛けてくる人間達は、決まって脈絡なく話しかけてくるのだ。
しかも、この男達のように同年代の男性ばかり。

よく分からないが、普通の人たちは挨拶から始まり、取り止めない会話を交していく中で、徐々に仲良くなっていくものではないのだろうか?

それを素っ飛ばして、その人達はいきなりカヤに親し気に声を掛けてくるのだ。



「そうなのかい?でも、少しくらいなら翠様も怒らないよ。僕の家ならすぐ近くだし、寄っていきなよ」

そう笑って、男は流れるような動作でカヤの肩を抱いてきた。

「え?いや、あの……」

これにはさすがにカヤも驚いた。
ここまで馴れ馴れしい態度を取られるのは初めてだったのだ。

反射的にその手を退けようとするが、もう一人の男もカヤの隣にぴったりと付く。
右も左も完全に行く手を阻まれ、カヤは戸惑ってしまった。

「ど、退いて頂けるとありがたいんですが」

どうにかそう言うが、男達はまるで聞き耳を持っていない。
それどころか、不躾にカヤの顔を覗き込んできた。

「……へー。噂通り見事に金の眼だ」

「凄いなあ。どうなってるんだろう?」

じろじろと観察されるように言われ、当然ながら良い気はしない。

失礼だ、と文句を言ってやりたいところだが、それでも屋敷の人間だ。
あまり生意気な事を言うのは好ましくないだろう。翠の評判にも関わる。


「退いて下さいっ」

先ほどよりも強い口調で言うが、我ながら迫力は皆無だった。

「まあまあ、そう怒らずに。ほら、早く行こう」

案の定動じない男に、抱かれたままの肩ごと、ぐいっと引っ張られる。
カヤは慌てて足を踏ん張り、必死に訴えた。

「今日はまだ仕事の途中なんです。ていうか、さすがに家にお邪魔するのは勘弁して下さい。隣国の事が聴きたいのなら、他の日に廊下で立ち話とかじゃ駄目なんですかっ?」

今日は何か様子が可笑しい、とようやくカヤは気が付き始めていた。

「それはちょっとね。今日は、せっかく君が珍しく一人だし」

その言葉に、自分の予感が気のせいでは無いと悟る。
この男達は、わざわざカヤが一人の時を狙って声を掛けて来たのだ。

では、それは何故なのか。

「……それどういう意味ですか」

「だってほら、君の隣にはいつも翠様が居るしさ。もしくはあの台所の子とか、野蛮そうな中委の男とか。なんて言ったっけ……ああ、そうだ、ミナトとか言う奴――――」

「呼んだか?」

不機嫌そうな声が、背後から聞こえて来た。


三人が同時に振り返る。
噂をすれば何とやら、だ。

そこには、腕を組んで仁王立ちしているミナトの姿があった。
その背に隠れそうになっているが、心配顔のナツナも居る。