「そうだとしても、この娘の髪を奪って良い理由はならないだろう」

咎めるような口調で、コウが言った。

「うるせえ、金が要るんだよ!お前には分かんねえだろうがよ!良いからさっさと寄こせ!」

今にも飛びかかってきそうなその剣幕に、カヤの腕を握るコウの力が強まった。

「なぜそんなにも金が必要なんだ」

それでもコウの声色は至って冷静だった。

こんな状況でも落ち着いているように見えるコウの態度に腹が立ったのか、男は舌打ちをして、恨みが籠った瞳でコウを見据えた。

「……娘が病に掛かっちまったんだよ」

絞り出すような声だった。

「治すのに金が要るんだ!俺だって土地があればもっと稼いでやれるのに、膳の野郎、俺等のことなんざお構いなしに、年貢を取り立ててきやがる……!」

ぶちまけるような男のその言葉は、積もり積もった怒りだけで出来ていた。



『―――――……カヤ。おいで』

ふわりと懐かしい声が頭をよぎる。
親が子に向ける無条件の愛情を、カヤは知っていた。


「……コウ、ちょっと放して」

気が付けばカヤはそう言っていた。

「え?」

「良いから」

そう言って、腕を掴んでいたコウの手をそっと退ける。

カヤは守るように立ち塞がっていたコウの背中を出て、男達にゆっくり近づいた。

自分が、何に触発されたのかはよく分からなかった。
分からないけれど、一歩一歩、男達に近づく。

「悪いけど、髪はどうしてもあげられない」

少しずつ見えてきた男達の顔は、当たり前だが、ただの人間のものだった。

だって、さっきまでは全然違う生き物のように思えていたのだ。


カヤは、そっと懐に手を伸ばした。

人攫いに捕まった時、荷物はどこかへ行ってしまった。
けれど、これだけは肌身離さず持っていた事が幸いして、無事だった。

ずっと大事に隠し持っていたそれを、ゆっくりと取り出す。

「けど、多少お金になると思うから、これを売って」

それは、黄金色の石が付いた髪飾りだった。

震える指で、男達にそれを差し出す。
太陽を凝縮させたような石が、村灯りを反射しながら、震えに合わせて光を揺らした。

困惑した表情のまま、男がそれを受け取る。

同時に素早く後ろに後ずさりをし、コウの真横にまで戻った。


男達は、しばらく髪飾を見つめながらヒソヒソと小声で何かを話していた。

(……頼む。これでどうにか諦めてくれ)

と生唾を呑みながらその様子を見守る。
コウも同じように、黙って男達を見つめていた。


しかし、願いとは裏腹に男達は去っていかない。

それどころか

「これが金になる証拠はあるのか?」

と抜かしやがった。


「お前等っ……!」

さすがに怒ったらしいコウが、声を荒げる。

「これじゃ信用出来ない。確実に金になるその髪を寄こせ!」

負けじと男達も、声を大にして反論する。

「いい加減にしろよ、この娘は見ず知らずのお前たちのために、それを渡したんだぞ!」

「別に痛い思いをしろと言ってるんじゃねえよ!髪ぐらいまた伸びるだろ!」

そう言って男は口での説得を諦めたのか、仲間の二人に声を掛けた。

「おい、もうさっさとやっちまおう、お前らあの男をどうにかしてくれ」

「おう」

カヤ達を包囲するようにして、3人の男達がこちらに近づいてくる。