「土舞う川底に雨粒落ち行き、浸漬の先に実る命ありけり。されど川壁の土もまた脆弱に落ち行く」

静かに言い切った翠は見やっていた骨を祭壇に置き、深く一礼した。
それに続き、カヤとタケルも深く頭を下げる。



隣国から帰ってきて数日が経っていた。
帰国した次の日こそ、なんとなく本調子では無かったような翠も、すっかり元気な様子だ。

体調の戻った翠は、溜まりに溜まった公務を片づけるべく、あくせくと日々を過ごしていた。
今は、丁度その中の一つである今年の梅雨の具合を占っていたところだ。



「今年も雨の心配はせずとも大丈夫そうだな」

頭を上げた翠が、二人に身体を向けながら言う。

翠の占いを見るのは何だかんだで数回目だが、相変わらずカヤはお告げの意味を理解出来ないままだ。

しかし、隣のタケルは説明されるまでも無くしっかりと理解しているようで、大きく頷いた。

「うむ、何よりでございますな。……ただ、やはり……」

ふと声の調子を落としたタケルに、翠も何やら神妙な顔つきとなる。

「ああ、まただ。相変わらず釈然としないな」

これは以前ちらりと耳にした事なのだが、二人曰くお告げはどうも『意味ありげな一文』を付け加えてくる事が多いそうだ。

それが始まったのは数年前程からで、ふと警告めいた事を言ってきては静かになり、そして忘れた頃にまた言ってくる。

危険性があるとまでは行かないが、完全に放っておくには気になる、と言う程度だと翠は言っていた。

この広い国の中では日々色んな事が起きているため、お告げが一体何に対して訴えてきているのかは、さすがに分からないそうだ。

翠は、災いの種を摘むべく、一応どんな細かい事でも報告するように各村の豪族達に伝令している。
そして翠が口を挟めそうな問題ならば、出来る限り解決するようには動いているらしい。

それでもこのひっそりとした語り掛けは、じわりと長年続いているようだった。



「……まあ、今に始まった事ではありませぬから、そこまで気を張る必要もないでしょう。さ、どうかお休み下さい」

難しい顔をしている翠に、タケルがそう声を掛けた。
占いをした後の翠は、いつも辛そうな様子を見せるのだ。

現に少し顔色が悪いし、「そうさせてもらうよ」と言った表情も弱々しい。


カヤは瓶から水を汲んでくると、横になった翠に器を手渡して隣に座った。

こうして翠の体調が戻るまで、傍に付いているのがカヤのお役目でもあるのだが――――今日は、少し違った。

「娘、翠様はお一人でゆっくり休まれた方が良いだろう。部屋を出るぞ」

タケルにそう声を掛けられたのだ。

「え……でも……」

そんな事を言われたのは初めてだったため戸惑っていると、急かすように手招きをされたため、カヤはタケルに続いて大人しく部屋を出た。