眼を見開いた翠は、不思議そうに首を傾げた。
「……私に?なぜだ?」
「倒れた貴方様を気遣っての事でございます。先ほど外に出たら、わあわあと質問攻めに遭いましたぞ。翠様は大丈夫ですが大事ないのですか命に別状はないのですかと、そりゃあもう五月蠅いもんでしたよ。挙句の果てに、次から次に私の手にこれらを押し付けてきましてな……全く、こんなに食べられるわけが無いと言っておるのに、人の話を聞かぬ奴らだ……」
最後の方は完全にタケルの愚痴であった。
しかし翠はそんな事は聞こえてない様子で、目の前の見舞いの品をまじまじと見つめている。
その横顔は明らかに驚きの表情を浮かべていた。
未だぶちぶち言っているタケルの代わりに、カヤは言った。
「良かったですね、翠様。皆とても貴方を心配しているのですよ」
普段、自分が屋敷の者達から怖がられていると思い込んでいる翠だが、今日はカヤの言葉に珍しく否定の色を見せなかった。
「……そうか。有り難いな」
小さく微笑んだ翠は、タケルの腕の中から果実を手に取り、口にする。
そうして心底嬉しそうに頬を緩めたので、カヤも嬉しくなった。
「それにしても、何やら歪な国でしたな」
やっと愚痴が止まったらしいタケルが、少し疲労感を漂わせながら言った。
果実を食べていた翠は、手を止めて真面目な表情を見せる。
「そうだな。弥依彦には驚かされたが、それ以上に……」
「ハヤセミとか言う男ですか」
タケルの言葉に、翠が頷く。
2人は神妙な顔つきで、パチパチと爆ぜる炎を見つめた。
「……弥依彦の命が危ないと言った時のあの眼は、異常だったな」
ぽつりと翠が呟く。
カヤもあの時のハヤセミの表情を思い出した。
己の主君が死ぬかもしれないと言う境地で、ハヤセミの眼は恐ろしい程に冷静だった。
動揺もせず、哀しみもせず、ただただ淡白な。
「結局、弥依彦の命を助けろとは言ってきたが……一瞬、あのまま見捨てるつもりなのかと思った」
眉を寄せながら言った翠に、カヤも同じ思いだった。
あの時、ハヤセミは間違いなく損得勘定をしていた。
どう転べば『自分に』利があるのか、と。
ハヤセミがどう言う過程を通って決断したのかは分からないが、もしかするとあと少しで弥依彦は切り捨てられていたのでは、と思えてならない。
3人は押し黙った。
ぞ、とする寒気を覚えたのはカヤだけでは無いはずだ。
「……ま、まあまあ、もう終わった事ですから。翠様と弥依彦ががむやみに近寄らない方が良いと釘も刺しましたので、もう余計な接触はしてこないでしょう」
沈んだ空気を変えようとしたのか、タケルが意識したように明るい声で言った。
険しい顔で考え込んでいたらしい翠も、その言葉に表情を少し和らげる。
「そうだな……無駄に言霊を唱えた事にならなければ良いんだがな」
ふ、と冗談めいたように笑った翠に、タケルが意外そうに言った。
「おや。無意味に唱えたわけでは無かったのですか?」
あの時翠が唱えたのは、そもそも繋がっていない魂の繋がりを解くための、いわば嘘の巫術のはず。
カヤも、てっきり適当に言葉を並べただけだと思っていたのだが。
翠は小さく首を横に振った。
「どうせ形だけだったからそれでも良かったのだが、どうにも癪だったのでな」
あ、とカヤは気が付く。
口角を上げた翠のその表情を見た事があったのだ。
「弥依彦の愚かさが多少はマシになるよう、私からの"祈り"を込めておいた」
にっこりと笑ったそれは、たまに彼が見せる意地悪い笑顔そのものだった。
込めたものが本当に祈りなのか、はたまた呪いなのか――――悪意の無い翠の笑顔こそが怖かったため、カヤもタケルもそれ以上何も聞けないのであった。
「……私に?なぜだ?」
「倒れた貴方様を気遣っての事でございます。先ほど外に出たら、わあわあと質問攻めに遭いましたぞ。翠様は大丈夫ですが大事ないのですか命に別状はないのですかと、そりゃあもう五月蠅いもんでしたよ。挙句の果てに、次から次に私の手にこれらを押し付けてきましてな……全く、こんなに食べられるわけが無いと言っておるのに、人の話を聞かぬ奴らだ……」
最後の方は完全にタケルの愚痴であった。
しかし翠はそんな事は聞こえてない様子で、目の前の見舞いの品をまじまじと見つめている。
その横顔は明らかに驚きの表情を浮かべていた。
未だぶちぶち言っているタケルの代わりに、カヤは言った。
「良かったですね、翠様。皆とても貴方を心配しているのですよ」
普段、自分が屋敷の者達から怖がられていると思い込んでいる翠だが、今日はカヤの言葉に珍しく否定の色を見せなかった。
「……そうか。有り難いな」
小さく微笑んだ翠は、タケルの腕の中から果実を手に取り、口にする。
そうして心底嬉しそうに頬を緩めたので、カヤも嬉しくなった。
「それにしても、何やら歪な国でしたな」
やっと愚痴が止まったらしいタケルが、少し疲労感を漂わせながら言った。
果実を食べていた翠は、手を止めて真面目な表情を見せる。
「そうだな。弥依彦には驚かされたが、それ以上に……」
「ハヤセミとか言う男ですか」
タケルの言葉に、翠が頷く。
2人は神妙な顔つきで、パチパチと爆ぜる炎を見つめた。
「……弥依彦の命が危ないと言った時のあの眼は、異常だったな」
ぽつりと翠が呟く。
カヤもあの時のハヤセミの表情を思い出した。
己の主君が死ぬかもしれないと言う境地で、ハヤセミの眼は恐ろしい程に冷静だった。
動揺もせず、哀しみもせず、ただただ淡白な。
「結局、弥依彦の命を助けろとは言ってきたが……一瞬、あのまま見捨てるつもりなのかと思った」
眉を寄せながら言った翠に、カヤも同じ思いだった。
あの時、ハヤセミは間違いなく損得勘定をしていた。
どう転べば『自分に』利があるのか、と。
ハヤセミがどう言う過程を通って決断したのかは分からないが、もしかするとあと少しで弥依彦は切り捨てられていたのでは、と思えてならない。
3人は押し黙った。
ぞ、とする寒気を覚えたのはカヤだけでは無いはずだ。
「……ま、まあまあ、もう終わった事ですから。翠様と弥依彦ががむやみに近寄らない方が良いと釘も刺しましたので、もう余計な接触はしてこないでしょう」
沈んだ空気を変えようとしたのか、タケルが意識したように明るい声で言った。
険しい顔で考え込んでいたらしい翠も、その言葉に表情を少し和らげる。
「そうだな……無駄に言霊を唱えた事にならなければ良いんだがな」
ふ、と冗談めいたように笑った翠に、タケルが意外そうに言った。
「おや。無意味に唱えたわけでは無かったのですか?」
あの時翠が唱えたのは、そもそも繋がっていない魂の繋がりを解くための、いわば嘘の巫術のはず。
カヤも、てっきり適当に言葉を並べただけだと思っていたのだが。
翠は小さく首を横に振った。
「どうせ形だけだったからそれでも良かったのだが、どうにも癪だったのでな」
あ、とカヤは気が付く。
口角を上げた翠のその表情を見た事があったのだ。
「弥依彦の愚かさが多少はマシになるよう、私からの"祈り"を込めておいた」
にっこりと笑ったそれは、たまに彼が見せる意地悪い笑顔そのものだった。
込めたものが本当に祈りなのか、はたまた呪いなのか――――悪意の無い翠の笑顔こそが怖かったため、カヤもタケルもそれ以上何も聞けないのであった。