「……俺が」
小さく小さく、翠が呟く。
たった今まで、あんなにも粗雑に皮膚を這いずり回った唇が、とても弱々しい。
「俺が、いくら言った所でカヤの行動を制限できるとは思っては無い」
物言わなかった瞳が、じわりと憂いに満ちた。
翠から伝わってくる焦燥感が、一気にカヤを侵していく。
「だからもう、くどくどとは言わないけど……」
ぎゅっ、と握られた手首に力が籠った。
そこから僅かに震えが伝わってきて、カヤは息を呑んだ。
「あれだけ頭に血が昇る程度には心配してるって事は忘れないでくれ」
――――嗚呼、と心臓が鷲掴みにされた気分だった。
そうか、どうして気が付かなかったのだろう。
(本当に馬鹿だったのは、あんな事した自分よりも……)
翠の感情について考えもしなかった自分だ。
どれだけ衝撃を受けただろう。
どれだけ焦りを覚えただろう。
自分を心配してくれる数少ない人間に、一体どんな思いをさせてしまったのか。
翠自身では無いカヤには到底計り知れない。
それが心底申し訳なくて、カヤは唇を噛んだ。
「……ごめん、翠……本当にごめん」
せめてその感情をそっくりそのまま受け取る事が出来れば良かった。
「心配かけて、ごめんなさい……」
翠には似合いやしないその泥海など、澄んだ水で流しきってしまいたい。
流れつく先がこの胎内だとしても、構いやしない。
いつだって清廉とした翠を、カヤはずっと見ていたかったのに。
ふと、カヤの手首が離れた翠の指が、そっと髪に触れてきた。
伺うような調子で指が頭皮を滑り、そして髪の隙間に入り込んでくる。
ふわふわとして頼りの無い触れ方に怖さは感じず、ただ心地よかった。
「無事で良かった」
間近にあった唇が、そんな言葉を落とした。
「……無事で、良かった」
繰り返すように言った翠が、ゆるりと顔を上げた。
眉を下げたその表情があんまりにも優しく緩んでいて、カヤはまた涙が零れそうになった。
形を確かめるようにカヤに触れて、存在を確かめるようにカヤを映す。
ちゃんと此処に居るのだと言う事を少しでも実感して欲しくて、ただ黙って晒された。
「……何度謝っても足りないけど、本当にごめん」
ふと、翠がそんな事を口にした。
翠の指は、切りっぱなしの毛先をそっと掬っていた。
"楽しかった時の記憶も切れちゃう気がするの"
かつて彼に、髪を切らない理由をそう説明した事があった。
翠はそれを気にしているようだった。
カヤは、きっと翠が思うよりも、全く髪の事は気にしていなかった。
それどころか頭が軽くなって、奇妙にすっきりした気分でもあるほどだ。
ああは言ったけれど、もしかして自分は単純に固執していただけなのかもしれない。
とと様が、かか様が、そしてミズノエが生きていた頃の、あの幸せとも言えない幸せな時間に縋りつきたかっただけなのだ。
小さく小さく、翠が呟く。
たった今まで、あんなにも粗雑に皮膚を這いずり回った唇が、とても弱々しい。
「俺が、いくら言った所でカヤの行動を制限できるとは思っては無い」
物言わなかった瞳が、じわりと憂いに満ちた。
翠から伝わってくる焦燥感が、一気にカヤを侵していく。
「だからもう、くどくどとは言わないけど……」
ぎゅっ、と握られた手首に力が籠った。
そこから僅かに震えが伝わってきて、カヤは息を呑んだ。
「あれだけ頭に血が昇る程度には心配してるって事は忘れないでくれ」
――――嗚呼、と心臓が鷲掴みにされた気分だった。
そうか、どうして気が付かなかったのだろう。
(本当に馬鹿だったのは、あんな事した自分よりも……)
翠の感情について考えもしなかった自分だ。
どれだけ衝撃を受けただろう。
どれだけ焦りを覚えただろう。
自分を心配してくれる数少ない人間に、一体どんな思いをさせてしまったのか。
翠自身では無いカヤには到底計り知れない。
それが心底申し訳なくて、カヤは唇を噛んだ。
「……ごめん、翠……本当にごめん」
せめてその感情をそっくりそのまま受け取る事が出来れば良かった。
「心配かけて、ごめんなさい……」
翠には似合いやしないその泥海など、澄んだ水で流しきってしまいたい。
流れつく先がこの胎内だとしても、構いやしない。
いつだって清廉とした翠を、カヤはずっと見ていたかったのに。
ふと、カヤの手首が離れた翠の指が、そっと髪に触れてきた。
伺うような調子で指が頭皮を滑り、そして髪の隙間に入り込んでくる。
ふわふわとして頼りの無い触れ方に怖さは感じず、ただ心地よかった。
「無事で良かった」
間近にあった唇が、そんな言葉を落とした。
「……無事で、良かった」
繰り返すように言った翠が、ゆるりと顔を上げた。
眉を下げたその表情があんまりにも優しく緩んでいて、カヤはまた涙が零れそうになった。
形を確かめるようにカヤに触れて、存在を確かめるようにカヤを映す。
ちゃんと此処に居るのだと言う事を少しでも実感して欲しくて、ただ黙って晒された。
「……何度謝っても足りないけど、本当にごめん」
ふと、翠がそんな事を口にした。
翠の指は、切りっぱなしの毛先をそっと掬っていた。
"楽しかった時の記憶も切れちゃう気がするの"
かつて彼に、髪を切らない理由をそう説明した事があった。
翠はそれを気にしているようだった。
カヤは、きっと翠が思うよりも、全く髪の事は気にしていなかった。
それどころか頭が軽くなって、奇妙にすっきりした気分でもあるほどだ。
ああは言ったけれど、もしかして自分は単純に固執していただけなのかもしれない。
とと様が、かか様が、そしてミズノエが生きていた頃の、あの幸せとも言えない幸せな時間に縋りつきたかっただけなのだ。
