「翠様っ……!翠様!?」
「翠様、大丈夫でございますか!」
「あの戯けた王に何かされたのですか!?」
蜜に群がる蟻―――とまでは言わないが、それに近いものがあった。
「ええい!散れ散れ!翠様には今、安静が必要なのだ!」
タケルが蹴り上げる勢いで怒鳴ると、屋敷の兵達は恐れをなしたように翠達から離れた。
それでも皆が一様に、翠を心配そうな表情で見つめている。
無理も無かった。タケルに抱きかかえられている翠は、ぴくりとも動かない。
あの後、タケルは熟睡していた屋敷の兵達を叩き起こし、半分寝ぼけている彼等に満足な説明もしないまま、すぐに弥依彦の国を出た。
一応ハヤセミが見送りに立ったものの、その顔には『さっさとこの国から離れろ』とはっきりと書いてあったし、見事と言える程にカヤと視線を合わせはしなかった。
しかし、その時はそれすら気が付かない程にカヤは動揺していた。
『命に別状は無い』と言うタケルの言葉を信じ、きっと翠はすぐに元通りになるだろうと思っていたのだ。
しかし、国を出る時は勿論、国を出てしばらく馬を走らせている間も、翠はずっと意識朦朧と言った様子だった。
タケルに支えられながらも、どうにか馬に跨っている翠を目にしているうち、カヤの不安は膨れ上がっていった。
それでもどうにか前日に野営をした場所に戻ってきたのは良いものの、馬を止めた瞬間に翠は、まるで首が落ちた椿の如く、くったりと意識を無くしてしまったのだ。
そしてタケルが慌てて翠を馬から降ろした刹那、屋敷の兵達が群がってきたと言うわけだった。
タケルは翠を抱きかかえながら、ようやく馬を降りたカヤとミナトに叫んだ。
「娘、翠様を洞窟へお運びする!荷物を持って着いてこい!ミナトは野営の指示と、皆の者へ説明を!」
カヤが必要そうな荷物を片っ端から引っ掴み終わった時には、既にタケルは走り出していた。
人間を1人抱えているとは思えない速度で坂を駆け上げっていくタケルを、カヤは慌てて追った。
坂の上の洞窟に付くと、まだ昨日の焚火の後が残っていた。
その焚火の横にカヤが布を敷き、そしてタケルが翠を慎重に下ろした。
意識が無いと言うのに、翠の表情は苦悶に満ちていた。
呼吸は乱れ、額からは冷や汗が伝っている。
薄暗い洞窟の中だと言うのに、顔色が悪いのが良く分かった。
これでは、どう見ても命に別状があるようにしか見えない。
「な、何か……何か私に出来る事はございませんか」
「無い。今は安静にするしかない」
神妙な顔つきで言われ、それでもカヤは居ても立っても居られなかった。
何かをしなければ、何も出来ない自分を到底許せそうになかった。
「せめて、翠様の頭を膝にお乗せしても宜しいですか。少しでも楽な体勢になった方が良いと思うのです……」
「……勝手にせい」
訴えるように言った言葉に、タケルが不愛想に頷く。
カヤはすぐに翠の頭側に回ると、そっとその頭を両太ももの上に置いた。
僅かに、本当に僅かに、翠の表情が和らいだ気もしたが、もしかするとカヤの願望が招いた幻想だったのかもしれない。
それほどまでに、苦しむ翠を見ているのが耐えがたかったのだ。