【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

(……こわ、い)

鋭いそれを向けられた恐怖なんかより、翠への恐怖が圧倒的に勝った。

こんなにも荒ぶる翠を、カヤは見たことも無いし、想像すらした事も無かった。

穏やかで、優しくて、安寧を体現したような人。
そんな翠が、今まるで人が変わったように怒り狂っていた。

それはとても恐ろしい事で、カヤはただただ眼を見張るしか無かった。


「選べぬなら今すぐに私が選んで差し上げよう!私の答えは決まりきっている!」

翠はそう怒鳴り、切っ先を弥依彦に向けて、ぐっ、とその手に力を込めた。


(殺す気だ)

一瞬でそれを悟った。
翠の眼は本気だった。


息を呑む間も無く、勢いよくそれが振り下ろされる――――――

「翠、やめてえぇぇ!」

直前でカヤは絶叫していた。


ガキィンッ―――――――!
痛々しく固い音が、鋭く響いた。


反射的に眼を瞑っていたカヤは、思っていたのとは違うその音に、そろそろと眼を開いた。


――――ィィィィィン………

未だ音の余韻が鳴る部屋の中、翠は何も無い地面に向かって剣を突き立てていた。


「ひ、ぃ、……」

弥依彦が声にならない声を漏らした。
己の目の前の床に突き刺さっている剣に、眼を見開いている。


翠は、地面に片膝を付き、両手で柄を握りこみながら俯いていた。
地に垂れる黒髪がその顔を隠していて、表情は見えない。

その場の全員が凍り付き、そして押し黙っていた。




「……繋がりを解くぞ。カヤは連れ帰る。異論は無いな」

見えないままの翠が、ぼそりと言う。

ぞ、とした。
その声は、先ほどの怒声とは比べ物にならないほど落ち着き払い、静かなものではあったにも拘わらず。

誰も何も言わない。
ハヤセミでさえ、言葉を失ったように呆けている。

身じろぎしない翠を発信源にして、部屋中に凍えるような冷たい空気が充満しているかのようだった。

「異論は無いな?」

先ほどよりも、はっきりとした声で翠が言った。
それ以上もう出ないような低い声は、地面を這って全員の背筋を昇り、震え上がらせた。