「呪いを解く事に失敗すれば、私も命を失うと言ったであろう。そのような危険な行為、なぜ私が易々と引き受けると思う?」
下等な生物でも見下すように、吐き捨てる。
無に近いその表情は、完璧なほどに端正なのに、賛美する事すら許さない。
その怒りを向けられていないカヤでさえ、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「……しかし、元を辿れば貴女様の酒が要因でございます」
だから翠が解決するのは当然の事だ、と。
暗にハヤセミはそう言っていた。
翠の眼光が恐怖すら感じるほどに鋭さを増した。
「あの酒を飲み交わす前、私が警告した事も弥依彦殿自身が同意をした事も忘れたのか。それなのにそれが理由に成りえるのだと貴方は本当にお思いか?それとも弥依彦殿は幼子のように、分別も付かぬ王なのだとでも言うおつもりか?自ら主君の恥をわざわざ晒すのか?どうなのだ、ハヤセミ殿!」
正に刃のような言葉だった。
反論を許さない怒涛のそれらは、息つく間もなくハヤセミに降りかかった。
膳の所業を暴いた時や、タケルに説教をした時。
翠が誰かに対して怒りを向けた場面は何度か見たことがあった。
にも拘わらず今日目の前に居る翠は、カヤが見て来たどの翠とも違った。
思わず、と言ったようにハヤセミが黙り込む。
「す、翠っ、聞け……!あのおんなが、あの女が……!」
すると、息も絶え絶えになりながら、弥依彦が翠の足首を掴んだ。
「あの、……女がかってに、僕に股を開いて、きて……さ、誘って……きた、んだ……!」
眼球は硬直したように固定され、口の端からは涎が伝っている。
恐ろしい形相のまま、弥依彦は翠に縋りついた。
「ぼ、ぼくは、……悪く……ない……僕を、助けろ……翠……!あの女が、悪いんだ……!」
ぴしり、と。
その瞬間、翠がなんとか保っていたであろう理性と言う器に、大きな亀裂が入ったのが分かった。
「……戯けた事を、良くもまあ言えたものだ……」
地の底から湧きあがるような低い声は、ともすれば怒りで震えかけていた。
「私達が部屋に入った時あの娘は拘束されていたのだぞ……?どう見てもお前が手籠めにしようとしていただろう!」
翠が、弥依彦の事を『お前』と呼び捨てた。
その事に気が付いた者が何人居たか分からないが、それは翠が明らかに冷静さを欠いている事を示していた。
「あの娘は私の従者だ。これ以上あの娘を侮辱してみろ。次は私への侮蔑と受け取る!」
言うと同時、流れるように翠の手が左腰に伸び、そこに差さる剣を掴んだ。
「翠様!」とハヤセミが声を上げたが、翠はそのまま剣を抜き取る。
すらり、と鈍い刃を抜き身にし、翠は弥依彦とハヤセミに向かって怒鳴った。
「さあどうする!今すぐに選ぶが良い!この者の命か、それともあの娘か!」
その切っ先が、弥依彦を、そしてカヤを向く。
下等な生物でも見下すように、吐き捨てる。
無に近いその表情は、完璧なほどに端正なのに、賛美する事すら許さない。
その怒りを向けられていないカヤでさえ、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「……しかし、元を辿れば貴女様の酒が要因でございます」
だから翠が解決するのは当然の事だ、と。
暗にハヤセミはそう言っていた。
翠の眼光が恐怖すら感じるほどに鋭さを増した。
「あの酒を飲み交わす前、私が警告した事も弥依彦殿自身が同意をした事も忘れたのか。それなのにそれが理由に成りえるのだと貴方は本当にお思いか?それとも弥依彦殿は幼子のように、分別も付かぬ王なのだとでも言うおつもりか?自ら主君の恥をわざわざ晒すのか?どうなのだ、ハヤセミ殿!」
正に刃のような言葉だった。
反論を許さない怒涛のそれらは、息つく間もなくハヤセミに降りかかった。
膳の所業を暴いた時や、タケルに説教をした時。
翠が誰かに対して怒りを向けた場面は何度か見たことがあった。
にも拘わらず今日目の前に居る翠は、カヤが見て来たどの翠とも違った。
思わず、と言ったようにハヤセミが黙り込む。
「す、翠っ、聞け……!あのおんなが、あの女が……!」
すると、息も絶え絶えになりながら、弥依彦が翠の足首を掴んだ。
「あの、……女がかってに、僕に股を開いて、きて……さ、誘って……きた、んだ……!」
眼球は硬直したように固定され、口の端からは涎が伝っている。
恐ろしい形相のまま、弥依彦は翠に縋りついた。
「ぼ、ぼくは、……悪く……ない……僕を、助けろ……翠……!あの女が、悪いんだ……!」
ぴしり、と。
その瞬間、翠がなんとか保っていたであろう理性と言う器に、大きな亀裂が入ったのが分かった。
「……戯けた事を、良くもまあ言えたものだ……」
地の底から湧きあがるような低い声は、ともすれば怒りで震えかけていた。
「私達が部屋に入った時あの娘は拘束されていたのだぞ……?どう見てもお前が手籠めにしようとしていただろう!」
翠が、弥依彦の事を『お前』と呼び捨てた。
その事に気が付いた者が何人居たか分からないが、それは翠が明らかに冷静さを欠いている事を示していた。
「あの娘は私の従者だ。これ以上あの娘を侮辱してみろ。次は私への侮蔑と受け取る!」
言うと同時、流れるように翠の手が左腰に伸び、そこに差さる剣を掴んだ。
「翠様!」とハヤセミが声を上げたが、翠はそのまま剣を抜き取る。
すらり、と鈍い刃を抜き身にし、翠は弥依彦とハヤセミに向かって怒鳴った。
「さあどうする!今すぐに選ぶが良い!この者の命か、それともあの娘か!」
その切っ先が、弥依彦を、そしてカヤを向く。
