心の中で悪態を付きながらも無視を決め込むカヤに、コウは心底不思議そうに言った。

「なんでそんなに警戒してるんだ?」

答えるまでも無いと思う。
こんな夜に、こんな森の中に居て、こんな怪しい恰好をして。

誓っても良い。
絶対に普通の人じゃない。

カヤを横目でコウを、じとりと見やりながら低い声で言った。

「……信用できないから」

「はは、なるほどな。まあ確かに怪しいよな、俺」

どうやら自覚はあるらしい。
コウは、くつくつと笑うと頼んでもないのに身の上を説明してきた。

「俺、東の国の商人なんだけどさ。金無いからこの森で野宿してるんだよ」

「……何を売ってるの?」

カヤの頭に浮かんだのは、あの人攫いの男の事だった。

まっとうな商売をしている人間の方が多いだろうが、同じ"商人"といえど、売る物が違えば罪人にだって成りえる。

もしやこの男も、その類で無いかと思ったのだ。

「まあ色々。今回は春の祭事のために、買い付けの準備やらなんやらするためにこの国に来たんだ」

「祭事……?」

「知らねえのか?この村では春と秋に大きな祭事があるんだよ。めちゃくちゃ人集まるぞ」

ただでさえ村人が多いように見えたあの村に、更に人間が増えるのか。
その日は一歩も家から出るまい、とカヤはひっそりと誓う。


「どうだ?少しは怪しくなくなったか?」

軽い調子でそう言われ、ぶんぶんと首を横に振る。

つらつらと答えたコウの声色に、特に嘘めいた様子は感じ取れなかった。
しかし、商人だと言う事と、コウが顔を隠している理由は繋がらなかった。

(……なんで隠してるんだろう)

自分以上に頑なに布を取り払う気配の無いコウ。

確かにあまり見ない肌の色ではあるが、同じような肌の色の人を見たことが無いわけでは無い。
そこまで厳重に隠す必要はなさそうな気もするのだが。

だからこそ、怪しいのだ。
肌を隠すためではなく、自分の正体を隠すためなのでは無いか。


「どうして、そんなに顔を隠してるの」

疑問をそのまま口にした。
答えによっては即刻逃げよう、と考えながら。

「ああ、これはな」

コウは軽く笑う。

「ちょっと訳有りな商売しているから、大っぴらに顔出せないんだよな」

耳を疑う言葉だった。

カヤは思わずコウと距離を取るようにして身体をのけ反らせた。

無意識に、強い不快感が顔に出ていたらしい。
カヤの表情を見たコウは、釘を刺すように言った。

「言っとくけど、俺は必要最低限の金しか持たない主義だからな。旅の途中で命狙われてもあぶねーし」

カヤの誤解を解こうとして、焦ったように言った言葉では無かった。

「よって、お前にもお前の髪にも興味は無い。安心しろ」

淡々としたその科白には、カヤの信頼を勝ち取ろうと言う必死さは見当たらない。

コウは、カヤに好かれようが、嫌われようが、どちらでも良さそうだった。

それなのに、どうしてこの男は自分を助けたのだろう?
こんな自分を助けた所で、なんの利も無いのに。


『これ良かったら貰っていただけませんか?おにぎりなのですが』

先ほど自分が傷つけてしまった、あの少女の顔が頭に浮かぶ。


カヤには、どうしてもナツナとコウの行動の意味が分からなかった。

だってカヤに向けた優しさの先に一体何があると言うのだ?

答えは虚無だ。善意は彼らにとって何も生み出さない。
それなのに、どうして。