【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「カヤ、座って話そうか」

手を引いて誘われ、2人は壁をくり抜いて作られた寝台に並んで腰を下ろした。

カヤは、じっくりと部屋を一望した。

まるで時が止まっていたかのよう。
記憶の中の部屋と異なる物を見つける方が難しそうだ。

「……この部屋ね、私の部屋だったの」

ぽつり。
呟くカヤの横顔を、翠が静かに見つめる。


かつての自分は、この部屋で眠り、この部屋で食事をし、この部屋で絶望した。

そして今の自分もまた、皮肉な事にこの部屋で息をしている。

(何か、意味があるのかもしれない)

きっと、話さなければいけない。
翠に、全てを。




「――――私ね、この国の北の方にある、小さな村で産まれたの。とと様と、かか様と3人で暮らしてた」

住んでいた家の事は、もうほとんど覚えていない。

ただ、家の隣には確か大きな木が立っていて、幼い自分はその木を見上げるのが好きだった。

『ほうら、カヤ。手を伸ばしてごらん』

ぼんやりとした記憶が残っている。
とと様に肩車をされながら、木の実を取ったっけ。

「とと様も、かか様も黒い髪だったんだけど、かか様の曾じじ様が、金色の髪だったんだって」

どこからともなくやってきたその人は、この国に根を下ろし、子を成したらしい。
産まれた子供は黒髪で、その子供の子供も、黒髪だったと聞いている。

金髪の血は薄れゆき、そのまま消えていくものなのだろうと誰もが思った。
しかしある時、金の髪を持ったカヤが突然産まれのだ。

「所謂、先祖返りだろうって、かか様は言ってた」

「そうか……カヤの髪色は血筋だったんだな」

「うん。村の人たちもそれは知っていて、だから変に怖がらず、私に普通に接してくれたらしいよ」

誰もが自分に笑顔を向けてくれたなんて事、もうこれっぽちも覚えていない。
そんな奇跡みたいな事、今はありえないから、それが酷く惜しい。

「私が3歳になった頃かな……砦からの使いが来てね。家族全員が砦に連れてこられたの」

それが、ただの『カヤ』が無理やりにも祭り上げられた瞬間だった。


『お前に、クンリクの名をやろう』

低く恐ろしい声が、確かにそう言った。
身体に馴染んでいたかつての名を呼ぶ事は、固く禁じられた。

『祈りを紡げ。繁栄を願え。それがクンリクとしての務めだ』

何人もの占い師達に囲まれ、延々と祈りの言葉を口にした。
何度も何度も、一日も欠かすことなく。

言葉にし続けた祈りは、いつしか舌の根に錆び付き、取れなくなった。

『ごめんね、ごめんね。あなたは何も悪くないのにね』

この贋作を産み出してしまった責任を感じてか、かか様はいつも謝っていた。

抱き締めてくれるかか様を、とと様が更に抱きしめて。
この部屋で3人、抗いようのない現実に絶望していた。


『ここは寒いよ、かか様。ねえ、どうして?』

この砦の空気は、いつもひんやりと肌を刺す。
目が覚めたら凍え死んでしまうのではと言う恐怖に、カヤは四六時中怯えていた。


『神の娘ってなあに?お家に帰りたい、お外で遊びたい。ねえ、とと様、かか様……!』

何百回、何千回、心が千切れる程に願っても笑えるくらいに届かない。



――――そこから先の人生は、果てしなく長く、けれどあっという間だった。



(……さあ、言わなきゃ)

記憶の欠片を拾い集めて、一つの言葉にして、翠に託さなければ。

けれどいざとなると、嗚呼、ほら。
この口は言い淀んでしまう。