【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

信じられない程に強い力が、カヤの後頭部を、背中を、覆う。
まるで、何から守ろうとしてくれるように。

(……痛い)

ぼんやりとそう感じたカヤの耳元で、翠が囁いた。

「離れてるとは言え、部屋の外に兵が居る。不審がられるから、大きな声は出さない方が良い」

とくん、とくん。
身体の根底から響く心音は、二つ。

それらは僅かにずれ続けながらも、隙間なくカヤを包んだ。

(なんて、心地良いんだろう)

その音に耳を澄ませながら、カヤは緩やかに眼を閉じた。

「その代わり、気が済むまで泣け。俺で良ければ肩ぐらい貸す。もし一人の方が良いなら、しばらく出ていくから……」

翠の言葉に、カヤはゆっくりと首を横に振る。
こんな呆気なく、この体温から脱したくなかった。

「……ごめん。か、肩……貸してください」

ズッ、と鼻をすすりながら舌足らずに言う。

呼応するかのように翠の腕に力が籠って、カヤは己の欲望に従うようにして目の前の肩に顔を埋めた。


(どこからともなく溢れてくる)

瞼の下で、眼球がじんわりと潤みを帯びていく。
頑なに閉じる眼尻の隙間から、一粒、二粒と雫と化した涙が逃げ出してきたのを感じた。


(嗚呼、そう言えば『泣く』って、こんな感じだった)

言われてみれば、ずっと不思議だった。

どうして、水分が排出されるだけの行為のはずなのに、こんなにも満たされた気持ちになるのだろう?


(まあ、そんな事どうでもいいか)

ゆらゆらと、ぬるま湯を漂うような。

気持ち良いなあ。
落ち着くなあ。

まるで、かか様の腕の中みたいだ。


緩やかに頭を撫でてくれる翠の掌に慰められながら、カヤは薄く瞼を開いた。

睫毛に涙が引っかかっているためか、やけに視界がぼやけている。
翠の肩から少し頭を放し、ごしごしと睫毛を拭った。

その様子に気が付いた翠が顔を覗き込んできた。
心配そうな表情だ。

「……大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

そう答えながらも、カヤは翠の背中に手を回し、額を肩口に擦りつけた。

じんわりと広がる他人の体温を、こうして感じられる機会なんて滅多に無い。
だから、なんだか酷く勿体なくて。

矛盾した行動を取ったはずなのに、翠は何も言わずに、また抱きしめてくれた。

「……ねえ、翠」

静かに呼びかける。

「どうした?」

答える声が、触れ合う体を直接伝って鼓膜に響く。
翠の声って、こんなに低いんだ。

「話さなきゃいけない事があるの。翠に聞いてほしい」

私の声も、翠の体に響いてるのだろうか。
どんな風に聞こえるんだろう。

「……うん、分かったよ」

なんとも安寧を感じるその声を、後悔の無い様にしっかりと耳に残す。

そしてカヤは、翠からゆっくり離れた。

途端に、ぽっかり空いた空間を虚無感がすり抜けたのを感じた。