【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「この酒には特別な巫術が込められている。私と弥依彦殿がこの酒を飲み交わした瞬間、魂と魂が繋がり合うのだ」

「繋がり合う……?」

「ああ。今後、私と弥依彦殿は傍に居る限り、その繋がりを尊んでいかねばならない。しかし、その契りがあるからこそ本当の意味で夫婦となるのだよ」

ハヤセミは、翠の手の中にある酒をじっと凝視した。
その眼にはまだ迷いが見える。

「だから、他の人間が口にしてはいけないという事でございますか」

「そういう事だ。第三者がこの酒を口にすれば、一体何が起きるか私にも分からぬ」

「しかし、やはり毒見を省くのは……」

ハヤセミが渋る。
その様子に、怒ったような声を上げたのは弥依彦だった。

「しつこいぞ、ハヤセミ!翠が僕と魂を繋げたいと言ってるんだ!毒見など要らん!」

「勿論、翠様を疑ってなどはおりません。ですが貴方様のお口に入る物ですから……」

譲らないハヤセミに、翠が口を開いた。

「分かった、では私が先に呑もう。それで良いだろうか、ハヤセミ殿」

「……宜しいのですか?」

「無論。それで貴方の懸念が晴れるのなら」

微笑みながら言って、翠が優雅に器を仰ぐ。

その場の視線が全て自分に集まる中、翠はごくりと喉を鳴らし、酒を嚥下した。

そして、半分が空になった器を弥依彦に差し出した。

「さあ、弥依彦殿。如何する?口にしなければ、契りは起きぬが……」

「呑むに決まってるだろ!」

翠の言葉を遮るようにして、弥依彦は器を受け取ると、勢いよく酒を呑みこんだ。

ぷはっ、と息を吐き、服の袖で豪快に口元を拭う。

「……変わった味のする酒だな」

あまり美味しくなかったのか眉を寄せる弥依彦に、翠がニコリと笑いかけた。

「ありがとう、弥依彦殿。これで私達は、私達だけの繋がりを得た」

翠の美しい指が、弥依彦の口元に残っていた酒をそっと拭った。

「僕と翠の、繋がり……」

うっとりとしたような目つきで、弥依彦が呟いた。

陶酔したようなその表情に、酔っているのは酒にだけではない、とカヤは思った。