「はっはっは!翠は本当に美しいな!」

弥依彦の馬鹿笑いが辺りに響いた。


(……まるで悪夢だ)

目の前の光景に、カヤは心底そう感じた。


「弥依彦殿。呑み過ぎではないか?」

「僕を誰だと思っているんだ!これしきの酒で酔う僕ではないぞ!さ、さ……もっと呑め、翠」

真っ赤な顔をした弥依彦が、翠の器に酒を注ぐ。
翠は微笑みながら、上品にそれを口にした。

カヤの眼の前には、見たことも無いほど豪華な食事が所せましと置かれている。

先ほどまで居た広間には背の低い机が大量に並べられ、二つの国の人間が向かい合って座っていた。

主役である翠と弥依彦は、上座側で2人仲良く並んでいる。


お酒が入った事もあってか、その場の雰囲気は大変に賑わっていた。
但し、翠側の国の人間を除いて、だ。


カヤはチラリと右手側を見やった。

カヤの右隣には、タケル、ミナト、そして他の屋敷の兵たちがズラリと座っているのだが、全員表情が暗い。

お酒が好きなはずのタケルも無に近い表情で、もそもそと料理を口に運んでいた。

自分が何を食べているのか分かっているのかさえ怪しい。


「ほんっとうに、翠の手は白魚のような手だなあ」

吐き気がするような声が聞こえ、カヤは今度は左側を見やった。

弥依彦が翠の手に頬ずりしているのが視界に入り、顔が引き攣る。

2人に一番近い場所に席を用意されたカヤは、先ほどからこの地獄のような光景を何度も眼にしていた。


黙って手を貸す翠が何を考えているのか、本気で分からなかった。

(……本当にこの国に嫁ぐのだろうか)

そんなの翠が人質になるようなものじゃないか。

いくら翠の占いの結果を絶対とする、なんて言っても、この国が翠の国を支配下に置こうとするのは間違いない。


『民の幸福』が夢だって、そう言ったのに。

来る日も来る日もそれに向かって全力で走っていたのに。


――――どうして、黙って返してくれなかったのだ。



悔しさから俯くが、弥依彦の大きな声が嫌でも耳に届いてくる。

「良い事を思いついたぞ!祝言が終わったらお前にこの国で採れた宝石を贈ってやろう!その白い肌に良く映えるぞ!」

得意げにそう言っているものの、翠が宝石を喜ぶとは到底思えなかった。
贈るだけ無駄な気もする。

翠は弥依彦にお酌をしながら、思い出したかのように言った。

「ああ……そういえば、この国では宝石の採掘が盛んだとか」

「そうだ!翠には、いっちばん大きな石をやる!楽しみにしておけ!」

そう豪語し、弥依彦が無遠慮に翠の肩を抱いた。