「なにぃ?お前みたいな女が嫁に来るのに、僕は抱けないのか?」

一瞬で弥依彦が不機嫌さを丸出しにした。
対して翠は、あくまでにこやかに言う。

「一生ではなく、私の力が続く限りだ。この力はいつか無くなる。その時にこそ、喜んで次の王を成そうではないか」

「いつ無くなるのだ?」

「残念ながらそれは私にも分からないのだよ。明日かもしれぬし、百年後かもしれぬ」

翠が軽い調子で肩を竦めた。
弥依彦が不満そうに唇を尖らせる。

「どうしても駄目なのか?」

「ああ。弥依彦殿が、力を持たないただの女をご所望と言うのなら無理は言わぬが……」

「―――とんでもございません、翠様。貴女様の純潔はお約束しましょう!」

2人の会話を遮ったのは、ハヤセミだった。
翠はニコリと小首を傾げて笑った。

「ほう。それでも良いと言う事だな?」

「勿論でございます。我々は慶んで貴女様をお迎えいたします」

そう言ってハヤセミが深々と頭を下げた。
その声色からは、隠しきれない嬉しさが滲み出ている。

ハヤセミに取ったら願っても居ない事なのだろう。

本来ならば、なるべく波風立てないようにカヤを取り戻そうとするのが目的だったはず。

カヤの代わりに翠を嫁に、と言うのはあくまでそのための交渉材料なだけだろう。

カヤなんかより、翠の占いの力の方がよっぽど実用的で、神秘的で、信望性がある。

喉から手が出るほど欲しいが、それは無謀な事だと思っていたに違いない。


「おい、ハヤセミ。僕はまだ良いとは……」

唐突に会話に割って入られ、弥依彦が抗議の声を上げる。
しかしハヤセミは、弥依彦の手を取ると熱が籠った声で言った。

「弥依彦様、何を仰いますか。翠様がお嫁に来て下さるなど、貴方様の人生で一番喜ばしい事でございますよ」

「そ、そうなのか?」

「そうでございます。さっそく明日にでも正式な取り決めを交わしましょう。貴方と翠様の祝言でございますよ。これで王としての貴方様のご尊厳も益々増す事でしょう」

『祝言』
その単語に、弥依彦の顔が打って変わって輝いた。

どうやらハヤセミの言葉が、彼の迷いを一瞬で吹き飛ばしたらしい。

「そうだな!よし、そうしよう!明日は僕の祝言だ!ハヤセミ、今夜は宴を催すぞ!」

「畏まりました」

そして弥依彦は立ち上がり、ドスドスとこちらへ向かってきた。

「おい、翠!宴だ!お前と、お前の国の者達も参加しろ!」

万遍の笑みを浮かべながら、翠の手を取る。
翠も、まるで笑顔を返すかのように微笑んだ。

「ああ。そうさせて頂こう。……そうだ、ハヤセミ殿。我が国からも献上品として珍しい果物を持ってきたので、是非それらも使ってくれ」

翠の呼びかけに、ハヤセミが頭を下げる。

「それはそれは、ご丁寧にありがとうございます」

「よし、準備が整うまで私に付き合え、翠!呑むぞ!」

上機嫌に言って、弥依彦は翠の手を引いて行ってしまった。



残されたカヤ達は、その後ろ姿をただただ呆然と見つめるしかなかった。