【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「カヤ、黙って座っていなさい」

翠が前を向きながらも、厳しい声でそう言う。
カヤはそれを振り払うようにして歩を進め、翠の前に出た。

そしてゆっくりと振り返り、その場に膝を付く。

「翠様。今まで大変お世話になりました」

心底丁寧に、深々と頭を下げる。
ふと走馬燈のように翠と過ごした日々が頭を巡りかけたが、すぐにそれらを追い出した。

頭を上げると、翠と眼が合った。
その眼が"今すぐ戻れ"と無言で訴えかけてくる。


(翠、怒ってるだろうな)

絶対に戻るなって言われたのに、思いっきり逆らってしまった。

たくさん謝りたいし、伝えたい事もまだある。
でも、その想いの輪郭が今はまだあやふやで、到底伝えられそうもない。


「……どうか、これからも貴女様の意志をお大事にして下さい」

だからそれだけを口にした。

気を抜けば渦をまく感情が飛び出してきてしまいそうで。
どうにか無心を貫きながら、カヤは立ち上がって翠に背を向けた。

一歩一歩、夢物語から離れる。
一歩一歩、現実へと近づく。

満足そうに笑みを浮かべるハヤセミを睨みながら、カヤは拳を握った。


(大丈夫だ。私はお前を一生許さない)

それを糧にして、無様にしぶとく生きてやる。
今度こそ眼を反らさずに、泥の中で足掻いてやる。

『カヤ』で居れたあの場所を、二度と望まなくても良いほどに――――――



「カヤッ!」

鋭い声と共に、その左手がカヤの身体を後ろから抱きしめた。
もうすぐそこに迫っていたハヤセミの眼が、衝撃で見開かれたのが見えた。


振り返る必要もない。
この声は、この腕は、翠の――――

「恨めよ」

耳元でそう囁かれ、ぐっと髪を鷲掴みにされた。



――――ザッ!
己の首元の後ろから、そんな残酷な音が聞こえた。

そして一瞬後には、何か束のようなものが地面に落ちるバサッ!という音。



「……え?」

一体何が起きたのか分からず、カヤはそろそろと俯いた。

潰れたように、息を呑む。
カヤの足元は金色に染まっていた。


まさか。そんな。
こんなの、嘘だ。

ゆっくりと震える手で髪に触れる。


「う、嘘……」

カヤの髪は、首元あたりで見事に切り落とされていた。