【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「なんだよ、僕に恥を掻かせた女なんだぞ!」

怒って声を荒げる弥依彦に、それでもハヤセミは至って冷静に言う。

「今は相応しい時間ではございません。さあ、翠様もお待ちですので、お早く話し合いを始めましょう」

「……ふん。分かったよ」

納得いかない様子ながらも、弥依彦が頷く。

「失礼致しました、翠様。お席はあちらにございますので、ご移動願えますでしょうか」

そう淡々と言ったハヤセミに、翠がもの言いたげな表情をしたのが分かった。

翠だけではない。
タケルも、他の屋敷の者達も、全員が狼狽していた。

弥依彦に対してなのか。
はたまた、この国の異常さそのものに対してなのか。

「翠様?いかがいたしましたか?」

黙る翠に、ハヤセミが声を掛ける。
翠は小さく首を横に振った。

「……いや、何でもない。始めよう」

その言葉を合図にして、カヤ達は広場の上座側へと移動した。


翠と弥依彦は、互いが向かい合うようにして座った。

翠の後方にはカヤとタケル、そして更にその後ろにはミナトが控えるようにして座る。

対してあちら側は、なんと弥依彦の隣にハヤセミが座った。
王と同じ位置に座るなど通常ならば考えられないが、弥依彦の性格を考えると仕方の無い事なのだろう。

そして少し離れた所には砦の兵と屋敷の兵が待機し、この息の詰まるような会合を見守っていた。


「さて……まずは翠様側とこちら側の意向を再確認致しましょう」

席についてさっそくハヤセミが口を開いた。

「私どもとしましては、クンリク様に即刻ご帰国頂きたい。対して翠様としましては、ご自分の世話役をしているクンリク様を帰すおつもりは無い……と、いう事でよろしいですね?」

つらつらとそう説明したハヤセミに、翠は頷く。

「うむ。加えてカヤを帰さないならば、私に嫁に来いという話もな」

一つも面白い事など無いだろうに、何故か翠は笑みを浮かべている。
単純な作り笑いなのか、はたまた皮肉っているだけなのか、紙一重ってとこだ。

「翠様のお考えに、変わりはございませんでしょうか」

「無い。カヤは優秀な世話役なのでね。居なくなられては困るのだよ」

物腰柔らかに、しかしやたらときっぱりと翠は言う。

「……では、それはつまり貴女様が嫁ぎにいらっしゃる、という意味で宜しいのですか?」

確認をするように問うたハヤセミに対し、翠が静かに口を開いた。

「そこが少し疑問なのだが、なぜカヤを帰さない代わりに私が嫁ぐ必要があるのだろうか」

確かにカヤが帰らないのならば、翠が嫁に来るというのは、いささか不自然にも思えた。

ハヤセミともあろう者が、そんな事が本当にまかり通ると信じているとは考えにくい。

「いえいえ、至極当然な事では無いかと。元々クンリク様はこの国の所有物でございます。それをご返却頂けないのなら、代わりの物を頂くのが礼儀でございましょう」

ハヤセミが言葉を切った。
にこやかに浮かべていた胡散臭い笑みを取り払い、その切れ長の眼を細めて。

「勿論、同等な価値のものを」

――――その視線が、翠からカヤへと移る。
ぞ、と背筋に冷たいものが走った。