翠は黙ってハヤセミに付いていき、その後ろをカヤ、タケル、そして屋敷の兵たちが続く。

石造りの砦の中はひやりとしていて、そして昼間だと言うのに薄暗かった。

大量に置かれた松明が無ければ、ほとんど何も見えないだろう。

ちらりと後ろを見ると、タケルも屋敷の兵たちも不安そうな面持ちで砦の中を見回していた。

しばし歩くと、石製の砦が途切れて固い岩のような壁に切り替わった。
この先からが、自然の崖を切り開いた空間へとなるのだ。


(そういえば、ここらへんには"あれ"があったはず)

ふとそれを思い出した時、前を行く翠がぽつりと呟いた。

「……壁画か」

その目線の先には、剥きだしの岩肌に描かれた壁画があった。

かつては鮮やかな色彩で描かれていたであろうそれは、年月の経過と共に色あせ、削れた部分もある。

しかし金色の髪を持つ男性が空へ向かって両手を上げている様子は、今でもはっきりと見て取れた。

男性の頭上には恵みの太陽が燦々と輝いており、周りでは幾人もの人間がひれ伏している。

先頭のハヤセミが、翠を振り返りながら説明した。

「あれが先日お話致しました、我が国に舞い降りた神の壁画でございます」

「成程、確かに金色の髪だな……かなり古いようだな」

「ええ、遠い我らの祖先が描いたものでございますので。大切に守ってきたおかげで今日までこうして残っております」

ハヤセミ底の知れない笑みで言い、そしてゆっくりと足を止めた。

気が付けば広間の真ん前まで来ていた。
荒く削られた入口の向こう側には、大きな空間が広がっているのが見て取れる。

「ここで少々お待ちください」

ハヤセミがそう言って、するりと中に入っていく。

少しして、何やら広間の中で会話が交わされているのが耳に届いてきた。
聞き覚えのある声に、会話の相手は弥依彦だろうと思った。


「……翠様」

「どうした?」

小声で呼びかけると、翠が少し身を屈めてカヤに顔を近づけてくれた。

「あの……この国の王は変わっているので、気を付けて下さい」

ひそひそとそう言うと、翠も神妙な面持ちで頷いた。

「私も噂では聞いた事がある。何やら少し癖があるとか……」

「少しどころでは無いです。かなりです。くれぐれも、彼が言う事は適当に受け流して下さい」

そう力説すると、翠は一瞬不思議そうな顔をしながらも、真剣な様子で頷いてくれた。
刹那、ハヤセミが入口から出て来たため二人はパッと離れた。

「お待たせいたしました。さあ、中で弥依彦様がお待ちでございます。どうぞ」

ハヤセミの言葉に、カヤ達は広間の中に足を踏み入れた。
荒い岩肌が剥きだしとなった広い空間の上座に、恰幅の良い男が座っていた。

「弥依彦様。翠様でございます」

ハヤセミがそう言葉を投げかけた瞬間だった。

「お前が翠か!待ちくたびれたぞ!」

あまりにも不躾とも言える発言だ。

誰もが唖然とする中、しかし勇敢にも翠はニッコリと笑みを浮かべた。

「お待たせしてしまい悪かったな。翠だ」

「僕は弥依彦だ。この国の王だ」

ふんぞり返りながらそう言って、弥依彦は翠に近づいてきた。

でっぷりと太ったその体をヨタヨタと動かしながら、弥依彦の小さな目がじろじろと翠を舐めまわす。