森の中を進み続けたやがてカヤは、足を止めた。
大きな湖にぶち当たったからだ。

広い湖だった。
ほとんど沈んだ太陽のせいで、水面が群青色を含んで重たく揺れている。

休みなく動かし続けた足は、じんじんと熱を帯びていた。

カヤは、湖の淵に腰をかけて冷たい水に両足を付けた。

ひやりとした衝撃が身体中を巡るが、やがてそれは緩やかな心地よさになって心を撫で付けていく。

そのまま、力なく仰向けに寝転がった。
湖の上は木々が開けていて、三日月が見えた。

ぼんやりとそれを見ている内に、当たり前の事に気が付いた。

どこから見上げたって、月は同じように見えるのか。

鈍く柔らかな光を垂れ流してくれる。
ずっと見ていたい気持ちも、全く同じだ。

カヤは親指と人差し指で、三日月をつまんでみた。
鋭利に尖る先は痛そうで、痛くない。

(やっぱり、刃みたい)

幾度となく感じた事を、懲りずにまた感じる。



「……明日からどうしよっかな」

ぽつりと吐いた独り言が、自分自身を不安にさせた。

ひとまず食べる物が無ければ飢え死ぬと言う事だけは分かる。

職も無い、お金も無いカヤは、己の手で作物を育てて細々と生きるしかないだろう。

だが、一体どうすればあの広大な田畑の一角と、作物の種を手に入れる事が出来るのか、全く分からなかった。聞く相手もいない。

(仕方ない。ひとまず土地は自分で探すか……)

整備されている田畑を勝手に使うわけにもいきまい。
しかしこの森の中ならば、作物を育てられそうな土地くらいあるだろう。

明日になったら、さっそく探してみようと心に決めた時だった。


――――ガサッ。
不自然に草をかき分ける音がした。

俊敏に体を起こし、音のした方に首を向ける。

「っ、」

カヤは慌てて水から足を出して立ち上がった。
暗がりから、ぬっと3人の男達が現れたのだ。

「……誰……?」

どこからどう見ても湖に水浴びしに来た様子では無い。

まさか村から自分の事を追ってきたのだろうか。
まどろんでいたはずの心臓が、激しく鳴りだす。


じり、と後ずさると

「髪をよこせ」

なんとなく予想していたような科白を吐かれた。


「い、嫌です」

また一歩後ずさるうちに、男達も二歩、三歩と距離を詰めてくる。

こちらは小娘一人。対してあちらは大の男が三人。
圧倒的に不利であった。

捕まれば、髪は間違いなく切り落とされ、売り飛ばされるだろう。
その後は、きっとカヤ自身も。

いや、それだけでは無い。
最悪な場合、この両目もくり抜かれて、手も足も切り落とされて、観賞用にどこぞの金持ちに売られるかもしれない―――――


そこまで考えたカヤは、脱兎のごとく逃げ出した。

「待て小娘!」

背後から怒声が飛んでくるが、待つわけがない。


自分が来た時に通った道なのかどうかなんて、確かめる暇も無かった。
男達から少しでも距離を取りたくて、カヤは転げるように森の中を走った。