「そんなにまずいか?」

「まずいなんてもんじゃないよ!」

「まあ確かに、熟れる前のチカータは独特な味するかもな」

独特な味?
そんな言葉では足りない。

未だに口の中に残る不快感に眉をしかめていると、翠が静かに口を開いた。

「……なあ、カヤ」

「ん?」

右隣の翠を見やる。
彼もまた、カヤを見ていた。

「一晩考えたんだけどさ、やっぱり、俺の正体知ってるカヤを隣国に返すのは出来ないなって思ったんだよ」

その言葉に息を呑む。
翠の言わんとする事がすぐに分かったのだ。

「いや、私話さないよっ、死ぬまで秘密にする。それは絶対約束する!」

翠に詰め寄るような勢いで、必死にまくしたてる。

嘘では無かった。
ほんの1つの季節を過ごしただけの間柄だが、カヤは弥依彦の国よりも翠の国に大きな忠義に感じていた。

とてもじゃないが、裏切る行為なんて出来やしないし、しない自信だってあった。

「凄い勢いだな」

カヤの形相がとても酷かったのか、翠が小さく笑う。
その顔があんまりにも呑気で、対照的にカヤの焦りは募るばかり。

「第一、私が戻らなったら翠が嫁に行く事になるんだよ!?」

「それはまあ、一旦考えなくても大丈夫だ」

「大丈夫なわけがない!」

半ば叫ぶように言った。
まくしたてたせいで肩で息をするカヤとは裏腹に、翠は静かな瞳で見据えてくる。

「カヤは、本当はどっちが良いんだ?」

昨日の会話が、また舞い戻ってきた。


「"どっちでも良い"なんて言うくらいなら、危険を侵してまで逃げないよな?」


じわり、じわりと。
まるで水のように、翠は時々カヤの奥深くまで入り込んでくる。

こちらが必死に膝を抱えて、背を向けて、拒絶するのに。
心地の良いぬるま湯のように、この手を、足を、心臓を溺れさせようとしてくるのだ。

死にかけの呼吸しているカヤは、その安寧さに手を伸ばしたくなる。

助けてって。
見捨てないでって。
此処に、居させてって。


「……っ、」

危なかった。

自分の意志に逆らって、本音が飛び出しそうになった。
唇を噛んで必死に押し殺す。

カヤは、黙って俯いた。
俯くしかなかった。

せっかく翠が答えを導いてくれようとしたのに、それを口には出来ない。
卑怯にも沈黙を選んだカヤを、翠がじっと見つめてくるのが分かった。

(お願いだ。もうこれ以上、追及しないでくれ)

自分が戻るしか方法は無いのだ。
脆い決意を崩さないで欲しい。



「……ほんっと強情だな」

ぽつり。
翠がそう呟いた。

瞬間、がしっ!と頬を掴まれた。

「いっ!?」

そして、ぐりん!と勢いよく翠の方を向かされた。
思わず体も一緒に捻じれて、おのずと翠の方へ前のめりになる。

「ちょ、放してっ……」

思わず首を振ってその手から逃れようとするが、翠はカヤを放さない。
さっきと何ら変わらない寂然な表情なのに、掴まれている頬の力は不自然に強かった。

「カヤ。じゃあ、自分の口で戻りたいって言ってみろ」

その声の調子は、翠がカヤに言っているとは思えないようなもので。
思わず抵抗する事を放棄させられた。

酷く至近距離で、二人は見つめ合う。
いや、正確には翠に見つめられて、単純にカヤが身動き出来ないだけだった。