「各自、天幕を張れー!今宵はこの場所で野営だ!」
タケルの大きな声が上がり、屋敷の者達は次々に馬を止めた。
カヤ達一行は朝から走り続けて、国境の山中まで来ていた。
本格的に暗くなると危険なため、まだ太陽が沈む手前の夕刻の間に野営の準備をするようだった。
各々が天幕を張ったり、食事の準備を始める中、カヤはと言うとお尻を抑えたまま地面で項垂れていた。
「お、お尻が……」
今日一日、慣れない乗馬に耐え続けたお尻は限界を突破していた。
「ひっでえ声」
そんなカヤを見下ろしながらミナトが鼻で笑う。
カヤの声は叫びすぎたせいで擦れていた。
「ミナト、あんたねえ!あれほどゆっくり走ってって言ったのに……!」
わなわなと震えながら言うが、ミナトはわざとらしく肩を竦めるばかり。
「あー悪い悪い。全然聞こえなかった」
「嘘!絶対嘘!お尻出しなさいよ!あんたにもこの痛み味合わせてやる……!」
何が何でもこの恨みを晴らさなければ気が済まない。
どうにか殴りつけてやろうと、カヤはミナトの服を引っ掴んだ。
「はあ!?放せ阿呆!」
「良いから一発殴らせなさいよ!じゃないと、あんたが祭事の日に仕事放って踊ってた事タケル様に言ってやる!」
「おまっ、それは卑怯だろ!第一あれはナツナが無理やり……!」
「でも楽しそうに踊ってたじゃないのよ!ていうか私とも踊ったくせに!」
「そ、それは、お前が踊って欲しそうなツラしてたからだろ!?」
「何言ってるわけ!?そんな顔してませんけど!?」
「いいや、してた!」
「してない!」
「してた!」
「してない!」
「してた!」
「―――ま、まあまあお2人とも……」
おずおずと入ってきた声に、カヤとミナトは言い争いを止めた。
横を見ると、そこには一人の若い男性が。
見覚えのある顔だ。
「ああ、ヤガミか」
「ご歓談中に申し訳ありません……」
気弱そうに頭を下げるその表情に、ハッと思い出す。
その男は、カヤが膳と町中でやり合ってた時に、ミナトと一緒に居た部下の人だ。
ミナトが翠を呼びに行った時、代わりに一生懸命に膳をなだめようとしてくれたんだっけ。
そう言われれば、昨日のあの謁見の間にも同席していたはずだ。
「これが歓談なわけ無いだろ……どうした?何か用か?」
少し呆れたようにミナトが言う。
「あの、お2人の会話が聞こえてまいりましたので……カヤ様にこちらをお渡ししようかと」
そう言ってヤガミが差し出したのは、ふわふわとした厚みのある毛皮だった。
「わ、私に……?」
まさかの事に戸惑うカヤに、ヤガミが頷く。
「はい。狐皮を縫い重ねたものでございますので、幾らかマシになるかと思います」
茶色みを帯びたその毛皮は、確かにお尻の下に引けばかなりの緩和剤になってくれそうだ。
