【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

「……何?」

「どこ行くんだよ。お前はこっちだ」

良く意味の分からない事を言われて眉を寄せるカヤをよそに、ミナトは俊敏にリンから降りた。

「乗れ」

そう言って親指でリンの背中を指さされ、一瞬時が止まった。

「……私、手綱なんて握れないんだけど」

「阿呆。握るのは俺だ」

「え?」

それはつまり、自分はミナトの馬に乗せてもらうという事なのだろうか。

「翠様と一緒の馬じゃないの?」

てっきりそうなのだろうと思っていたのに。

「お前、翠様に手綱握らせて、自分は大人しく乗ってるだけのつもりかよ!?」

憤慨したように言われ、口ごもる。

確かにそれもそうだ。
それじゃどちらが世話役なのか分からない。


「特別にリンに乗せてやんだ、感謝しろよ」

その言葉に目の前の馬を見上げる。
カヤは初めてしっかりとリンを見た。

白に近い金色の睫毛が、これまた金色の瞳を縁どっている。
カヤを優しく見透かすかのような、柔和な。

「……すごい、綺麗な眼だね」

何の邪心も感じさせないその瞳は、動物ならではなのだろう。
きっと人間に、この光は宿せない。

「ねえ、ミナト。撫でても良い?」

カヤの申し出に、ミナトは頷いた。
恐る恐る手を伸ばしてリンの頬に触れる。

初めて触る感触だった。
思ったよりも少し筋張っていて、けれど温かい。

こちら見つめるその瞳に吸い込まれるようにして、カヤはリンと額をそっと合わせた。

「……よろしくね、リン」

静かに囁くと、返事をするようにリンの瞳がパチパチと瞬きをした。

太陽の光を閉じ込めたような、そんな色。
自分の瞳と良く似た色をしている事に気が付いた。

こんなに純粋無垢なわけは無いが。
産まれ落ちた直後ならば、自分もこんな瞳だったのだろうか。

羨ましい気持ちで魅入っていると、ミナトが声を掛けて来た。

「さっさと乗れ」

「あ、うん」

慌ててリンから手を放し、カヤはミナトに助けられながらどうにかリンの背中に跨った。

「た、たかい……」

リンの背中からの景色は、想像以上に高いものだった。
しかも今更だが自分が乗っているのは、生きた動物だ。

万が一予想外の動きをされた時、呆気なく振り落とされる自信しかない。

言い知れぬ恐怖を感じていると、カヤに続いてミナトがリンに跨ってきた。

「お前、絶対暴れんなよ。落ちるぞ」

「物凄く怖いんだけど、これ大丈夫……?」

ミナトを振り返りながら恐る恐る尋ねる。

「お前が大人しくしとけばな」

ぶっきら棒に言いながら、ミナトの両手が手綱を握った。

――――ふわり。
ミナトの体がカヤの背中にくっ付いた。


(うわ、近い)

思わず肩を強張らせると、ミナトの両腕が手綱を握った。

身体の両側を腕で包まれると少しだけ安心感を得たが、対して肩の緊張感は増す。

背中に当たるミナトの胸も、両側を触れる腕も、鍛え抜かれているためか、がっしりとしていた。

翠のしなやか気な身体付きとも違う。
雄々しくて、屈強で、男の人の身体。


「そろそろ出発すんぞ」

その低い声がやたらと耳元で響く。
振り向けないが、ミナトの顔が耳の間近にある事が分かった。

「あ、うん」

周りを見渡すと、タケルや翠も含めた他の人間達も全員が馬に跨っている。

そしてハヤセミ達を先頭にして徐々に馬達が歩き始めた。

カヤ達も流れに乗ってゆっくりと歩き出した。
カッポカッポと緩やかな足音と共に、身体が上下に揺れる。

慣れないその感覚にドキドキしていると、

「カヤとユタとは話せたのかよ?」

ミナトが小さな声でそう聴いてきた。