「私に?なんでですか……?」
戸惑いつつ問いかけると、少女は相変わらず春の陽気のような笑顔を見せた。
「もしかして食べる物にお困りなのでは、と思ったのですよ。なので貰って頂けると有り難いです」
衝撃を受けた。
何に、と問われると難しくはある。
昨日隣にやってきたばかりなのに。
失礼すぎる態度を取ったのに。
こんな気味の悪い見た目をしているのに。
あんまりにもその優しさに迷いが無くて、だらりと身体の横にぶらさがったままの腕が、自然と持ち上がりかけた。
が、寸前で思いとどまる。
「……い、要りません。もう親切にして頂かなくて結構ですから」
命令を無視しかけていた腕を、後ろで組み直す。
そうでもしなければ、彼女の優しさに手を伸ばしてしまいそうだった。
「それじゃ」
カヤは、ナツナの顔を一切見ないようにして背を向けた。
ごめんなさい、くらい言えば良かったかもしれない。
でもそう感じた時にはもう手遅れで、カヤはその場を逃げ出すようにして走り出していた。
後ろで立ち尽くしているであろうナツナの視界から早く去りたくて、ひたすらに走る。
「ほら、あの娘」
「ああ、あれが金の髪の?」
「膳様に買われようとしていたんだって?」
道を駆け抜けるカヤの耳に、村人達の声が入ってきた。
どうやら昨日の出来事は、かなりの範囲で広まっているらしい。
それらを全て振り切るようにして走った。
程なくすると、目の前に門が見えたきたので、カヤは足を緩めた。
どうやらこの村は屋敷を中心に、背の高い壁でぐるりと囲まれているらしい。
立派な門の両隣には一応兵が居るものの、仲間内でお喋りをしているようで、ほとんど通行人を気にしている様子も無い。
そろそろ宵だと言うのに、村を出入りする人間は思いの他多かった。
馬に荷物を乗せた者や、大きな荷物を担ぐ者がひっきりなしに門を行き来している。
なんというか、警戒心の無い村だ。
しかし嫌でも目立ってしまう自分には好都合だった。
カヤは通行人に紛れて、俯き加減のまま足早に門を潜った。
村の外に出ると、一面に田畑が広がっていた。
規則正しく区切られた区画の中で、小さな葉がそよそよと揺らいでいる。
この国は、近隣諸国のどの国よりも農業が盛んだと聞いた事があった。
土の質も良く、国を横切る大きな川のおかげで水にも困らないそうだ。
しかも農業は知識と技術があれば、女子供でも行う事が出来る。
その年の出来高が天候に左右されると言う難点はあるものの、あの翠様の占いのおかげで被害は最小限に留まっていると聞く。
(まあ、翠様ありきってところも難点か)
そんな事を考えながら、カヤは歩を進めた。
しばし歩くと、やがて道が二股に分かれていた。
左側は田畑の間を突き抜けるようにして続いていて、まばらだが人影もある。
恐らく隣村にでも続いているのだろう。
右側の道は、どうやら近くの森へと続いているようだった。
黄昏のせいで、まるで大きな黒い塊のように見える木々がざわざわと揺れている。
まるで、人間を拒んでいるようだ。その道を行く者は一人も居ない。
一瞬だけ迷った後、カヤの足は自然と右側の道を進んだ。
背中側にある村から遠ざかるように、カヤは黙々と歩いた。
ナツナの傷付いた顔が、頭の中をよぎっては消え、よぎっては消える。
ぢくぢくと、またあの痛みを感じた。
痛い、痛い。
歯を食いしばるが、それは驚く程に増して行く。
誰かが心臓に針を突き立ててくる。
執拗に、そして容赦なく。
ちっぽけな悲鳴を上げそうになって、けれど上げそこなった。
気が付いたのだ。
馬鹿。本当に馬鹿。
そう嘲るのは、今まさに苦しんでいる自分だった。
戸惑いつつ問いかけると、少女は相変わらず春の陽気のような笑顔を見せた。
「もしかして食べる物にお困りなのでは、と思ったのですよ。なので貰って頂けると有り難いです」
衝撃を受けた。
何に、と問われると難しくはある。
昨日隣にやってきたばかりなのに。
失礼すぎる態度を取ったのに。
こんな気味の悪い見た目をしているのに。
あんまりにもその優しさに迷いが無くて、だらりと身体の横にぶらさがったままの腕が、自然と持ち上がりかけた。
が、寸前で思いとどまる。
「……い、要りません。もう親切にして頂かなくて結構ですから」
命令を無視しかけていた腕を、後ろで組み直す。
そうでもしなければ、彼女の優しさに手を伸ばしてしまいそうだった。
「それじゃ」
カヤは、ナツナの顔を一切見ないようにして背を向けた。
ごめんなさい、くらい言えば良かったかもしれない。
でもそう感じた時にはもう手遅れで、カヤはその場を逃げ出すようにして走り出していた。
後ろで立ち尽くしているであろうナツナの視界から早く去りたくて、ひたすらに走る。
「ほら、あの娘」
「ああ、あれが金の髪の?」
「膳様に買われようとしていたんだって?」
道を駆け抜けるカヤの耳に、村人達の声が入ってきた。
どうやら昨日の出来事は、かなりの範囲で広まっているらしい。
それらを全て振り切るようにして走った。
程なくすると、目の前に門が見えたきたので、カヤは足を緩めた。
どうやらこの村は屋敷を中心に、背の高い壁でぐるりと囲まれているらしい。
立派な門の両隣には一応兵が居るものの、仲間内でお喋りをしているようで、ほとんど通行人を気にしている様子も無い。
そろそろ宵だと言うのに、村を出入りする人間は思いの他多かった。
馬に荷物を乗せた者や、大きな荷物を担ぐ者がひっきりなしに門を行き来している。
なんというか、警戒心の無い村だ。
しかし嫌でも目立ってしまう自分には好都合だった。
カヤは通行人に紛れて、俯き加減のまま足早に門を潜った。
村の外に出ると、一面に田畑が広がっていた。
規則正しく区切られた区画の中で、小さな葉がそよそよと揺らいでいる。
この国は、近隣諸国のどの国よりも農業が盛んだと聞いた事があった。
土の質も良く、国を横切る大きな川のおかげで水にも困らないそうだ。
しかも農業は知識と技術があれば、女子供でも行う事が出来る。
その年の出来高が天候に左右されると言う難点はあるものの、あの翠様の占いのおかげで被害は最小限に留まっていると聞く。
(まあ、翠様ありきってところも難点か)
そんな事を考えながら、カヤは歩を進めた。
しばし歩くと、やがて道が二股に分かれていた。
左側は田畑の間を突き抜けるようにして続いていて、まばらだが人影もある。
恐らく隣村にでも続いているのだろう。
右側の道は、どうやら近くの森へと続いているようだった。
黄昏のせいで、まるで大きな黒い塊のように見える木々がざわざわと揺れている。
まるで、人間を拒んでいるようだ。その道を行く者は一人も居ない。
一瞬だけ迷った後、カヤの足は自然と右側の道を進んだ。
背中側にある村から遠ざかるように、カヤは黙々と歩いた。
ナツナの傷付いた顔が、頭の中をよぎっては消え、よぎっては消える。
ぢくぢくと、またあの痛みを感じた。
痛い、痛い。
歯を食いしばるが、それは驚く程に増して行く。
誰かが心臓に針を突き立ててくる。
執拗に、そして容赦なく。
ちっぽけな悲鳴を上げそうになって、けれど上げそこなった。
気が付いたのだ。
馬鹿。本当に馬鹿。
そう嘲るのは、今まさに苦しんでいる自分だった。