翌日、カヤが眼を覚ましたのは太陽が真上に昇りきった頃だった。

どうやら自分は思っていたよりも疲れていたらしい。
昨夜、うとうとしている内にぐっすりと熟睡してしまったらしかった。

起き上がると、身体中に痛みを感じた。
固い板の間で眠ったせいだろう。

「……けほっ」

しかもその上、喉の調子まで悪い。
間違いなく層が出来るほどに積み上がっている埃のせいだった。

カヤは、のそのそと起き上がると、やる気の出ない腕で掃除を始めた。

とは言え、家の隅に追いやられていた壊れかけの箒で床を掃くしかない。

草を束にして切りそろえただけのそれは劣化しており、床を掃くたびに草がぽろぽろと千切れてしまうほどだった。

全く持って意味が無い気がする。

それでもひたすらに腕を動かし、どうにか床全体を履き終わった頃にはすっかり夕方になっていた。

「疲れた……」

ぐう。腹の虫が鳴った。
そう言えば、もう長い事何も食べていない。

ずっと緊張していたせいか空腹を感じなかったが、さすがに気持ちが弛緩してきたため、ここに来てようやく空腹感が襲ってきた。

家の中を見回すが、もちろん食べ物など無い。
あったとしても間違いなく腐りきっているはずだ。

非常に億劫だが、何か食べる物を早急に探しにいかなければならないようだった。
このままでは探す気力すら失ってしまいそうだ。

カヤは髪を隠すため、家の隅で埃をかぶっていた布を手に取り、頭から被る。

あまり良い匂いがするわけではないが、というか何なら多少匂うが、仕方なかろう。

そっと家の敷居を跨ぐと、辺りはすっかり夕方になっており、真っ赤に染まっていた。

ふと右を見ると、家がひしめき合って建っている道のずっと先に、非常に大きな屋敷がある事に気が付いた。

昨日はいっぱいいっぱいで全く気が付かなかった。

距離は決して近くないものの、どの建物よりも郡を抜いて巨大なため、ここからでも良く見える。

左右対称の立派な屋根は、まるで大きな羽を広げた大きな鳥のようだ。

威圧感のあるその屋敷は、夕日に照らされて、まるでこの村の礎かのようにどっしりと構えていた。



「あっ」

魅入っていたカヤは、屋敷側から歩いて来る人物に気が付かなかった。

驚いたような声を上げたのは、なんとナツナだった。
どうやら一人らしい。ミナトの姿は無い。

「あ……」

その姿を捉え、思わずカヤも声を上げる。

「えっと、こんばんはです」

勇敢にもナツナは笑って見せた。
ただ、少し遠慮がちに眉を下げた笑顔だった。

「あ、うん……こんばんは」

いきなりの再会に動揺していたカヤは、思わず頭を少しだけ下げた。
ナツナは驚いたような表情をしたが、すぐに嬉しそうに笑った。

「丁度良かったのです。これ良かったら貰っていただけませんか?おにぎりなのですが」

差し出されたのは、大きな葉に巻かれた包みだった。

「え……私に?」

「はい。私、翠様のお屋敷で台所番をしているので、余ったお米で作っちゃいました」

言いながらナツナが指さしたのは、あの大きなお屋敷だった。

成程、あんなにも壮大な建物の意味が分かった。
あの翠様が住んでいるお屋敷なのだ。


カヤは目の前に差し出されている握り飯を見つめた。

ごくりと喉が鳴る。
きっと今なら頬が落ちるほど美味しいだろう。

「……いえ、大丈夫です。悪いですし」

誘惑に負けそうになりながらも、カヤは首を横に振った。

「遠慮はしないで下さいな。これ、私が食べようと思って作ったのでは無いのです」

「ああ。じゃあ、あの男のって事ですか?余計に要らないです」

我ながら冷たい物言いだった。
だって、あの腹の立つ男の食べ物を横取りすれば、次はどんな悪態を付かれるか。

「あの男……って、ミナトの事ですか?違います。これは貴女に食べてもらいたくて作ったのです!」

ナツナは心底驚いたようにそう言った。
しかし更に驚いたのはカヤの方だった。