「ん~……? ああ、野口さん? なんかね、青山さんのお隣に住むことにしたみたいだよ」

 北寺がアボカドで緑色になった歯をのぞかせて答える。

 三日前にも新しく迷い込んできた人がいたらしく、ここから徒歩二十分ほど離れたところに住む青山さんがいろいろ世話を焼いてやったという。

「ふーん……。ここ、気に入るといいけどね。あの人、泣いてたから」

 ここにやって来た人の反応は様々だが、流れはだいたい決まっている。

 道に迷っていることに気が付いてスマートフォンのマップアプリで位置を確認しようとするが接続されず、電話もネットも通じなくなったところで本格的に焦り始め、コンビニや交番を探し回る。

 でも、行けども行けども、それらしい店や施設はどこにもなく、そのうちに日が暮れてきて、途方に暮れて、恐る恐る知らない民家に立ち入って、事情を話して泊めてもらおうとする。またはどこかで野宿を始める。

 大抵は一日経たずして、ここに住む誰かが気付いて声をかける。ああ、新しい人がやってきたんだ、手引きしてあげようか、と。土地がだだっ広いだけの狭い世界だ、ここに住む者は皆顔見知り。この場所を知った上で来た者はかつて誰もいない。初めてここにたどり着いた人に対して、笑顔で優しく迎え入れてやるのだ。「ここには、怖いものは、何もないですよ」と。
「気に入るさ」北寺は律歌に言った。「ここを気に入らないわけ、ないんじゃない」

「どうしてそんなことが言えるの?」
 律歌は少し反発心を覚えて言った。

「だって、まあ、ね?」

 新しい人には、今日からここに住むように優しく諭す。もちろん、迷い込んできた人にだってこれまで生きてきて手に入れた居場所や、住み慣れた暮らしがあるのだから、初めはなかなか受け入れられない。パニックになる相手には強制せず、その代わり、唯一通じるウェブサイトを教えてやる。
「天蔵《アマゾウ》の通販サービスを知っちゃったら、さ。ここにずっといたいと思うのも無理はないだろう?」