北寺は律歌の方をちらと振り返り、

「殻に胎盤がくっついちゃうからだよ。人間の赤ちゃんだってお腹の中で動いているだろう?」
「うん」

 そう言ってまた卵に意識が戻る。律歌の手が止まるのを見て、残っていた四つを、順番に一つずつ転卵させていく。

 この人は、本当になんでもよく知っている。と改めて思った。ものしりだ。

 これが卵の向きをひっくり返す仕事だとしたら、律歌は新人アルバイトで、北寺は跡継ぎを嘱望されている住み込み職人のよう。経験豊富で、頼もしくて――

「私は……これから、どうしたらいいの」

 その答えも知っているかもしれない、とまで思った。

「悩んでいるんだね」
「そうよ。答えが、知りたい……」

 律歌は力なく椅子に座る。北寺も、真向かいに腰掛ける。

「おれも、できることなら、教えてあげたいよ。でもね、その問いの答えは、りっかにしかわからないんだ。りっかが自分で解く以外に方法がないんだよ」

 テーブルに肘をついて、頭をのせ、うずくまる。うずらの卵のように、静かに動くこともなく、北寺に抱かれていたいと思う。

「どれだけ時間がかかってもいいんじゃない? それまで、おれも付き合うよ」
「北寺さんは、今、楽しい?」
「うん。楽しい」
「私といて、楽しいの?」
「楽しいから、今日もこうして、傍にいる」
「……そう」

 そのまま、眠った。
 よく眠れた。