「ほかに、食べたいものはある?」
「食べたいもの?」
「うん。天蔵《アマゾウ》に売ってないものでもいいから」

 おや、この人は、不思議なことを言うな、と当時思った。

 天蔵《アマゾウ》にはひと通りなんでもある。でも、細かいことを言い出せば、ないものだってある。ちょうどそれがわかってきたころのことだった。

「フォンダンショコラ」

 律歌がその時思いついたのは、甘くて冷たい焼き菓子。電子レンジで仕上げるタイプのチョコパンで似たようなものはあったが、フォンダンショコラというには少々物足りない。

「チョコレートは中からとけて出てくるの」

 昔、喫茶店で食べたような出来立てのものが食べてみたいと思った。

「上にはアイスが乗ってて」

 でもここには売っていない。それならば仕方ない。と、思っていた。北寺は心得た、というようににんまりと微笑んで言ってくれた。

「じゃあ、明日、おれの家に来てくれるかい?」
「北寺さんの家に?」
「うん。作るから。ごちそうする」
「行く」
「よし。材料も注文した」

 そう言って、今度は挑むように笑う。律歌はその顔を見ながら、明日、フォンダンショコラ、食べられるのだろうかと考えた。食べられるかもしれないし、食べられないかもしれない。

 その日の夜、翌日のことを考えながら、目を閉じた。太陽が昇るのが、少しだけ楽しみになっていた。