「天蔵《アマゾウ》に目をつけられるようなことは……避けた方が無難だ」

 カスタマーサービスの担当者は物腰低い丁寧な接客だったが、こちらは客であるどころか、よく考えたら対等でさえない。高圧的な言葉こそ言われていないものの、冷静に考えたら一方的に助けられ生かされているのはこちらの方。

「触らぬ神に祟りなし」

 北寺は畏怖したように素早くそう言うと、首をすくめた。

 律歌は闇に溶け込み始めた山一帯を睨みつける。

 強風にあおられて森がざわめいた。まるで山が啼いているようだった。風は木々の黒い狭間に向かって吹いていた。山は大きく呼吸をしながら、律歌達を呑み込もうと待っているようだった。

 北寺はそんな息吹から律歌を守るようにその前に立ちふさがり、

「嫌な天気だね。降ってきそうだ。やっぱり戻ろう、りっか」

 と、言って律歌をもと来た方へ向かせる。

 長身の北寺の肩越しに、律歌は再度、高くそびえたつ山を睨みつけた。

 ごおっと風が吹いて、律歌のカーディガンをばたつかせる。

 北寺が「寒い、寒い」と言って、律歌を抱えるように背を丸める。そうして律歌の薄手のカーディガンを背中から手を回して押さえながら、ボタンを一つ一つ、上から順番に留めていった。

 律歌は風に逆らうように瞬きもせず沈黙したまま立っていた。