「お三方、ちょっといいですか」

 ちょうどいいタイミングで北寺が割って入ってくる。

「はーい」

「地図を作ってみたんです。簡単なものですが」

 北寺は立ち止まるたびに手帳にいろいろと書きつけていた。律歌の家と北寺の家が下のスペースに書かれ、そこから道がずっとのびている。そして家が点々と三つ書き足され、それぞれの住民の苗字が振られていた。この奥様方それぞれの家だ。

「ええーすごいわねえ」
「これ、完成したらほしいわ」

 一斉に覗き込まれる。

「完成したらコピーしてお配りしましょうか」

「まあ、助かる!」

「それで、皆さんの知っている限りの位置関係を教えてもらえませんか?」

「いいわよー! ええっとね、どれどれ~。あ、鈴木さんの家、まだ書いてないね」

「どこですか?」

「そうね、このへん!」
「ここに家が三つあって、こっちに野口さんが入ったのよ。こっちは空き家」
「ここに畑があって、自家製野菜をよくおすそ分けしてくれるのよね」
「天蔵《アマゾウ》でちゃんとしたものは買えるけど、なんか、手作り野菜ってのもいいのよね~」
「そうそ~。温かみがあるわよね~」

 話が何度か脱線しながら、みるみる地図が埋まっていく。

「このへんに犬山さんちがあるわね!」
「あ、噂の犬山さん?」
「そうそう」

 その名前が出た途端、ご婦人方はスキャンダラスな顔でくくくと苦笑いを交わし合う。律歌がぽかんとしていると、

「行けばわかるわ。ああなっちゃおしまいよ~」

 と長い爪でわき腹をつつかれた。

「北へ向かっているなら、少し回り道したら通るんじゃないそこ?」

 一人が北寺の手から万年筆をひょいと抜き、地図上に道を書き足して行き方を説明してくれる。

「行ってみましょうよ、北寺さん」
「うん、いいよー」

 北寺は頷くと、道順を指でなぞって確かめている。律歌は犬山さんという人のいったい何がおしまいなんだろう、と思い巡らせた。「よし」と北寺が万年筆のキャップを閉めたのを合図に、律歌は自転車のサドルにまたがる。地面を蹴る。北寺も三人に礼を言って手帳をリュックにしまい、後からついてくる。

「本当に行くなら汚れてもいい格好で行った方がいいわよー! まあ、服はまた買い直せばいいけど!」

 婦人は見送る際、そうアドバイスをくれた。