あと少し食事が残っていた。律歌は行儀悪く立ったまま残りを口に放り込み、「ごちそうさま!」と下膳する。

「北ってどうやったらわかるの? 方位磁針とかある?」
「あるよ。買ってある」

 食事を終えた北寺が身支度を整えていく。奥の和室からリュックサックを持ってくると、そこには紐で括りつけられた方位磁針がぶらさがっていた。磁石の針が丸い透明ケースの中で揺れている。

「さっすがー! ていうか、いつの間にそんなの買っていたの?」

 さらに北寺の格好をよく見ると、スポーツウェアに着替えていた。薄手で軽そうで、原色の黄緑色が眩しい。

「まあ、丸一日かけて走るんだから、それなりに準備はしたさ。むしろりっか、その格好で大丈夫?」
「うぅ……まずかった……?」

 律歌はというと、ブラウスにキュロット。クローゼットを開けて十秒で決めた普段着だ。

「やれやれ、ドライブじゃないんだからね~、りっか~?」

 天蔵《アマゾウ》には基本的には何でも売っているが、例外もあった。車がその一つだ。バイクもない。移動手段を探し尽くしたものの、徒歩以上のものは自転車が精いっぱいだった。