それが通販サイト「天蔵《アマゾウ》」。
 必要なものはそこで入手できるぞ、と。

 それこそが、ここに既に定住している者の、切り札だ。

 ――だって、全て無料。送料無料なんて話ではない。商品代金自体が無料なのだ。

 食料も、生活用品も、家電も、新型ゲーム機も全部だ。通販で買える、ありとあらゆるものが。それこそ、家まで。この家もそうやって北寺が購入を代行してくれた。価格は土地代含めて0円だ。

 まったく、信じられない話だ。これが成立する仕組みがわからない。

 みんな日本語を話しているからここは日本なのだろうが、日本はお金で経済が回っていなきゃおかしい。資本主義というのはつまりそういうことだったはずだ。いやむしろ「みんなで分け合いましょう」の共産主義であっても、誰も生産を行っていなければ、たとえばこの弁当だって存在しないはずなのに。律歌は思う。生産者は誰なのであろうか? と。何も考えずに衣食住を満たされることを、何も疑問を持たずに当たり前に受け取るには、やはり抵抗があった。

 ――私はどこから来たの?

 律歌がここに来たときだけは、少し事情が違ったらしい。精神が憔悴しきって放心状態だったそうだ。北寺が世話を焼いてくれなかったらどうなっていたのかわからない。でも今ではその記憶はすっかり抜け落ちていた。

 ……自分のことは、ここに来た日を含め、ここではないどこかに住んでいた過去も、よく覚えていないのだ。

 中学や高校で習ったことや、言葉や、歯を磨くなど当たり前にやってきたことは覚えているが、誰かと住んでいたのか、一人で暮らしていたのかはわからない。大学を卒業して就職して働いていたことまでは断片的に覚えているが、具体的になんの勉強をしていたのかとか、どんな仕事をしていたのかとか、そういう、今に近い過去はまるで思い出すことができない。ここにどうやってたどり着いたかを知る者はいないが、記憶が大きく抜け落ちている者はどうやら律歌だけのようだった。