一輪のバラと、バラの花束。
不思議な絵だ。普通は花束だけ書くような気がするけど。何か芸術的なこだわりがあるんだろうな。

それにしてもこの花束のバラ、やけにたくさんあるな。
そう思って、なんとなく数えて始めてみたとき、ふと思い出した。

そういえば、海外のバレンタイン事情の文章を読んだ後、先生が教えてくれた。

『バラの花束の本数には意味があります』

どんな意味があるんだったっけ。
あのころは恋愛にもバレンタインにもさして興味がなかったから、全然思い出せない。

英語のノートを引っ張り出す。何ページもさかのぼって、やっと見つけた。
書き写した英文の横に書いた日本語訳と、その右上に黄色いマーカーで囲んだメモ。

『バラの本数の意味』

さすが『優等生』の私! と心の中で拍手する。
先生のちょっとした話までメモしてたなんて、自分の生真面目さに生まれて初めて感謝した。

それから、絵に向き直って、花束のバラの数を数えてみる。
ずいぶん時間をかけて、やっと、『99本』という結論に落ち着いた。

そしてノートのメモに戻る。

『1本:一目惚れ。あなたしかいない、私にはあなただけ』

『99本:ずっと好きだった。ずっと一緒にいよう。永遠の愛』

わ、と思わず小さく声をあげてしまった。

一目惚れ。ずっと好きだった。あなたしかいない。

その文字が目に灼きついて、一気に顔を火照らせる。
鼓動がうるさいくらいに胸の中で暴れている。

青磁が教えてくれた、私と青磁の過去の出会い。
青磁が話してくれた彼の気持ちを思い出して、心臓が爆発しそうだった。

そして、『ずっと一緒にいよう』、『永遠に』。
私と青磁にしか分からない、その言葉の重み。

時間は無限にあるわけじゃない。永遠に続くわけじゃない。いつか必ず終わりがくる。

それは、ずっと先かもしれないし、ほんのすぐそこまで来ているかもしれないのだ。

ふいに涙が込み上げてきた。目の奥がぎゅっと痛くなる。

どうか来年も再来年も、ずっとずっと先まで、毎年、バレンタインを青磁と一緒に過ごせますように。
ずっと、永遠に、青磁と一緒にいられますように。

そんな思いを込めて、私は青磁が描いた99本のバラをそっと指先で撫でた。

「青磁」

深呼吸をして、涙の衝動を必死に抑えてから、私は彼の名を呼んだ。

青磁がゆっくりと振り向く。
その表情を見て、私は思わず目を見開いた。

青磁もそんな顔するんだね、と笑いたくなったけれど、我慢する。
そして、鞄から淡い虹色のラッピングを取り出した。

「クッキー、作ってきたんだ。一緒に食べよう」


《完》