考えている暇はなかった。

私はベッドから飛び降りて
驚く葉音の横をすり抜けて走った。

入院着のまま病院を出て
私たちの住む県で最も有名な
自殺スポットに向かう。

折れている腕が痛むけれど
そんなの気にしていられない。

奏の命がかかってるから。


黒鷺の崖。

私たちの住む県にあるこの崖は
毎年かなり多くの自殺者を
生み出すことで有名な場所。

そういえば少し前にネットに出回って
流行した、黒鷺の崖で自殺をすれば
罪を償えるという都市伝説があった。

奏は黒鷺の崖に行く。

罪を償うつもりなんだ。

呼吸が苦しくなって足がもつれて
それでも前だけを見て走った。

奏を自殺させてはいけない。

今ここで奏が自殺すれば、
奏を殺したのは私ということになる。

君を助けたい、ただそれだけ。



「待ってよ、愛しい人。」