氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

八咫烏と牛車が庭に下りると、晴明はしばらく下りて来なかった。

礼儀を貴ぶ氷雨は腕を組んで下りてくるのを待っていたのだが――その間に如月が戻って来た。


「…うぉっ!?ばっちりめかしこんでんなあ」


「うるさい。私について余計なことを言ったら…貴様をばらばらにしてやる」


怖い怖いと肩を竦めた氷雨は、御簾が上がってまず晴明がいつも被っている烏帽子が現れると、軽く手を挙げた。


「よっ、こんなとこまで呼んで悪かったな」


洗練された動作で狩衣の袖を払いながら降り立った晴明は、氷雨たちの祝言の時に久々に顔を合わせたものの多忙でほとんど話をすることができなかった如月をちらりと見て微笑んだ。


「私の可愛い孫娘たちは息災かな?」


「お祖父様っ」


末娘らしく甘え上手な朧が晴明に駆け寄って抱き着くと、狩衣から香の良い匂いがして顔を輝かせた。

だが如月は凍り付いたように動くことができず――晴明はふっと笑って氷雨に牛車の中を指した。


「何が効くか分からぬ故、ありとあらゆる薬を持って来たよ。下ろしてもらえるね?」


「了解。ああ晴明、こいつが泉で…」


如月の隣に立っていた泉が頭を下げて礼を口にしようとすると、晴明は唇に人差し指をあてて止めた。


「礼を言われるにはまだ早い。虚弱と聞いていたが顔色はそんなに悪くはないね。さあ、ゆっくり診せてもらおう」


「あの…お…お祖父様…」


如月がようやくぎこちなくも声をかけると、晴明は手を伸ばして如月の頭をよしよしと撫でた。


「しばらく滞在するけれど、構わないかな?」


「は、はい」


「如月…頼ってくれるのを待っていたよ」


「お祖父様…」


感極まってうるっとした如月だったが――これまた氷雨と目が合うと、懐から扇子を取り出して投げつけた。


「へえー、晴明の前でそんなことしてもいいのかなー」


「貴様…後で覚えていろよ」


笑い声が満ちた。

また氷雨に引っ付いた朧の頭も撫でつつ、晴明は明朗でよく響く低い声で鼓舞した。


「私に全て任せなさい」


なんとも頼もしい助っ人が現れた。