とうとう出発する日の朝を迎えてしまった。

しょげまくりの氷雨だったが、朧がうきうきしながら荷を詰めているのを見ると自分が雰囲気を悪くしてしまうのではと思い直して短く息を吐いた。


「よし、悩んでも仕方ねえ」


「その意気だ。如月によろしく伝えておいてくれ。ああ、夫の方にも」


「俺さあ…如月を嫁さんに欲しがったあの旦那を今でも尊敬するよ」


「夫婦の形はともかく、あれはあれでうまくいっている。あまり口出しするんじゃないぞ」


「はいはい」


朔に色々注意されながら朧を待っていると、いっぱいの荷を詰め込んだ葛籠を重たそうに持ちながら居間に入って来たのを見て、それを持ってやった。


「なんだよこれ、重たすぎじゃね?」


「だって何泊するか分からないし…朔兄様、本当に私の気が済むまでここを離れていてもいいんですね?」


「ん、問題ないから楽しんでおいで」


――本当は氷雨が居ないと色々滞ることが多いのだが、そこは一切告げずにこっと笑った朔に抱き着いた朧は、玄関の前に待たせていた朧車に葛籠を運び込んで肩で息をついた氷雨を見上げた。


「よし、じゃあ行くか。忘れ物ないな?」


「ありません。じゃあ銀さん焔さん、山姫、朔兄様をお願いしますね」


「あいよ、任せときな」


山姫の気風のいい返しに手を振った朧は中に乗り込んで御簾を上げた。


「猫又を護衛について行かせるから何も心配しなくていい。もし万が一何か起きたら…」


「お師匠様が居るから大丈夫ですし、朔兄様心配しすぎっ」


楽しそうにふふふと笑った朧に頬を緩めた朔は、隣の氷雨をちらりと見遣って辛辣な一言。


「どう足掻いても如月に八つ裂きにされると思うが、それは愛情表現だから甘んじて受けてやれ」


「屈折してんなあ…」


覚悟を決めて、幽玄町を発った。