如月は能登を治める鬼族の長子の元に嫁いでいた。

都のある平安町からそう遠くない所で、氷雨と朧が祝言を挙げるまで実家に足を踏み入れることができないという半ば勘当状態だったため、如月と会うには都を出る他なく、もっぱら晴明の操る水鏡と文でのやりとりをしていた。


「はあ…」


「ため息をつくな。鬱陶しい」


「だってさあ…如月だぜ?俺無事に帰って来れんの?」


肩を落としてそう朔に問うてみたものの見事にそれを無視した朔は、筆を置いて文を畳むと、氷雨の鼻先に突き出した。


「これを如月に届けてくれ。あとお前の命はともかく朧は無事にここに帰せ。お前よりいい男を見つけて嫁がせる」


「ひどい!本気で傷ついた!」


にたりと笑った朔が完全に面白がっていることは分かっていたが、さすがに少し傷ついた氷雨は、文を受け取ってぼそり。


「もし俺が死んだら…そうしてやってくれ。若いんだから俺のことなんてすぐ忘れるだろ」


「!」


――文を懐に入れて立ち上がろうとした時、朔にくんと袖を引っ張られて尻もちをついた。

その時の朔の顔といったら…


「冗談だと分かっているんだろう?…お前みたいないい男で朧を大切にしてくれる男はそうそう居ない。真に受けるな」


今度は氷雨がにたりと笑うと、朔の目がぎらりと光って顎を掴まれた。


「いててて」


「俺の目を見ろ」


「い、いや…それはちょっと勘弁…」


朔と面と向かって目を合わせられる者は少ない。

氷雨は他の者に比べたらかなり慣れている方だが、それでも目の中に瞬く星のように輝く妖気の光の強さは尋常ではなく、しかも怒らせたためその光はさらにぎらついていた。


「主さまが仕掛けてきたんじゃんかよ。お互いさまってことで…いででっ!」


長時間直に氷雨の肌に触れると凍傷になるため、朔は着物の上からわき腹目掛けて強烈な拳をお見舞いした。


「お前なんか如月にこてんぱんにやられてしまえ」


「朧が守ってくれるから大丈夫!」


…それも完全に無視されて、朔に話しかけ続けて無視され続けて朧に笑われた。