祠は今も息吹が定期的に掃除をしに訪れていたため大して汚れてはいなかったが、朧は懐から手拭いを取り出して小川で水を含ませると、あちこち拭いてきれいにした。

氷雨は息吹がこの祠で体験した不思議な出来事を知っていた。

それはきっと息吹にしかできなかった体験かもしれないが、それでも朧をふたり手を合わせて子ができるよう願いを込めて祈った。


「…?」


「朧?どうした?」


「ううん、なんか今…笑い声が聞こえた気がして…」


「じゃあ会えたのかもしれないな」


「え?誰と?」


「さ、戻ろうぜ」


含み笑いを浮かべる氷雨に一体どういうことなのかと屋敷に戻るまで追求し続けたが、氷雨は笑うばかりで教えなかった。

そうこうしているうちに百鬼夜行の時間になり――朧が最もやきもきする時間が訪れた。


そう…氷雨は女の百鬼たちに人気がある。

嫁を貰った現在もなお悩みがあるから聞いてほしいだの理由をつけて氷雨に近付く者が多く、面倒見の良い氷雨はそれをもちろん受け入れて親身になって相談に乗ってやるため、朧は気が気でない。

ただし――朔が溺愛する妹の朧が妻であるため、朧を悲しませることは朔の怒りに直結することは必至なため、深入りはしない。

故に、百鬼夜行の時間になって氷雨が朔と共に庭に現れると、待ってましたという体で近付こうとする女を警戒するため、ぴったり隣に張り付いた。


「朧、ちょっと離れてろって」


「いやです。私もお手伝いします」


――かくいう朧も新参の男の百鬼たちには抜群の人気があり、時折いやらしい目で見られたりしていることを本人は知らない。

そういう時は氷雨の凍り付くような殺気と視線にあてられてすごすご退散するのだが…とどのつまり、双方共にやきもきしていた。


「じゃあ行って来る」


「おう、気を付けてな」


そして朔たちを送り出した氷雨は、腰を折って朧の鼻をつまんでさっきの態度を叱った。


「こら、お前は誰かれ構わず嫉妬すんなっつーの」


「半分は鬼の血が流れてるんだから仕方ありません!」


手を振り払ってぷいっと顔を背けると肩を怒らせながら部屋に入ってしまった朧に呆れ顔の氷雨。


「蛙の子は蛙…いや、鬼の子は鬼だな」


やれやれと縁側に座って可愛い嫉妬を毎日してくれる朧を思って笑みが零れた。