そうか、あれは父親だったのだ――

望は流水が氷雨に斬られた時、頭の中になだれ込んで来た光景を共有していた。

父と母――そう、やはり‟今の”母は、本当の母ではなかった――

本当の母はもっともっと優しい顔をしていて、父と三人で幸せに暮らすはずだったのだ。

けれどそれができなかったのは、母が先に死んだから。


それは――自分のせいなのだ。


「幼子よ、そなたは学ぶ必要がある。学を修めれば、どの世でも生きてゆけるものだよ」


茫然としていた時に突然そう声をかけてきた男は――そう、烏帽子を被った得も言われぬ微笑を湛えた男。

攫われるようにして知らない場所に連れて来られて怖かったけれど、この男…晴明の言葉は、身体に染み入るようにして浸透してきた。


「そなたの仮の母は今休養する必要がある故そうそう会えぬが、そなたが真っすぐ育てばいつでも会える。半妖という身を憐れむでない。蔑むでない。双方の血を受け継いでより進化した存在として、強く生きてゆけるよう私が指導しよう」


――ああそうか、母を…ふたりの母を苦しめてしまったのは、自分のせい。

そしてもうこの身は大した力がなく、独りでは生きてゆけない。

この男の言う通りに生きてゆければ、あの優しい仮の母に…そして忌々しいと思っていたあの仮の母の夫に謝ることができるかもしれない。


「さあ、もう寝なさい。私が傍についていてあげるからね」


晴明の腕に抱かれていた望は、その温もりにうとうとして眠ってしまった。

かつてもう少し大きかったけれど、幼子を育てた経験のある晴明は、角の生えていた部分の額を優しく撫でてあやしてやった。


「もう大丈夫。そなたを脅かす者は誰も居ない」


何度もそう言い聞かせて、優しい眠りに導いた。