氷雨は朧が記憶を取り戻してからゆっくり話をしていなかった。

十六夜たちに報告した後ようやくその機会に恵まれた氷雨は、朧と住んでいる自室に戻ると、少し疲れた風な朧を膝に乗せて顔を覗き込んだ。


「朧、お前本当に大丈夫か?記憶とか身体とか」


「大丈夫です。でも私、氷雨さんを忘れていた時の記憶が曖昧で…ごめんなさい」


「なんで謝るんだよ。お前はさ、記憶を無くしても何度も俺に惚れてくれたんだ。なんかすげえ新鮮だった」


氷雨の優しさに触れた朧は、涙ぐんでその胸に頬をすり寄せた。

…こんな美しい男を好きにならない女など居るわけがない。

こうして夫婦になれた今でさえもこれは夢なのではないかと思うことがあるのに、くわえて氷雨の子を身籠った自身の身体をとても愛しく感じていた。


「私がおかしくなってからのこと、話してもらえますか?」


「あー、いいけど、今日はゆっくりした方がいいぜ。身籠ったのが分かったんだから今日からいやってほど息吹や先代たちから世話焼かれるんだろうし」


朧はかなり歳の離れた末娘なため、蝶よ花よと育てられた。

身籠ったことを知った兄姉たちがこぞって押し掛けてくるだろうし、朧はきっと今日から皆に見守られて――いや、監視されて出産まで過ごすことになるだろう。


「ほら、布団敷いてやるから横になれよ」


「朔兄様をお見送りしたら寝ます。氷雨さんも一緒に…」

居方なく
「ん、分かった。主さまには迷惑かけたから後で謝っとかないと」


「ふふ、朔兄様、真名を呼ばれて嬉しそうにしてましたね」


「いや、それは俺も恥ずかしかったんだからな!主さまの暴走を抑えるべく仕方なくだな…」


ほとほと参ったという顔をした氷雨が可愛らしく、確かに少し疲れたような気がして、少しゆっくりすると、氷雨に甘えて抱きかかえてもらいながら居間に向かった。