氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

流水が間合いに入ると同時に頭上から一刀両断に斬りつけた。

雪月花の声によればそれで死ぬわけではなく、本人の望む幻を見ている間に心臓が徐々に止まり、眠るように逝くのだと言う。

話の通りに氷雨の一閃を浴びた流水の身体は出血することなく、手にしていた刀は地面に落ち、三白眼はとろんとして棒立ちになった。


「雪男、お前一体何をした?」


「雪月花に言われた通りにしただけ。多分うまくいったと思う」


朧は天満に肩を抱かれて恐る恐る流水の前まで連れて行かれた。

微動だにしない流水は空を見るようにして何も視界に捉えず、望はしきりに流水に手を伸ばしていた。


「望?」


「朧、こっちに来い」


天満がやんわり背中を押すと朧は氷雨にぴったり身体を寄せて不安げに氷雨を見上げた。


「どうなるんですか?この子は…望の父親は…」


「こいつは死ぬ。だけどきっと幸せな気分で…きっと…」


『疑うな。今まさに望む幻を見せている』


「あーうん、ごめん」


氷雨が見えない誰かと会話をしているのが不思議で朧が首を傾げていると、晴明は両手で三角形を作って流水を覗き見た。


だんだんと弱っていく心音。

けれど流水の口角はやや上がっていて微笑んでいるように見えた。


「この子はどうする」


「その件なんだけど主さま、どうにかして幽玄町に置いてもらいたいんだけど…駄目か?」


氷雨からの我儘は滅多に言われたことはなく、朔自身は氷雨に無限に我儘を言って叶えてもらっている。

もちろん叶えてやるつもりで口を開きかけた時ーー


「ああ…久々に…会えた…」


流水から吐息のような喜びの声が漏れた。

会えたのだ。

儚い幻であったとしても、ただただーー嬉しくて、流水は目を閉じた。