氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

雪月花の声は氷雨だけに聞こえていた。

息を吸い、吐くーーそうすると氷雨の唇から浴びれば瞬時に凍りつくような息が漏れ、そして流水の吐息、心臓の音も手に取るように分かった。


「楽にしてやる。お前が見たい幻を見せてやるから」


何かに操られるようにして氷雨に近づいて行く流水を望が身を乗り出して見ていた。

それまでは望に向けて殺気を放っていたため身震いしていたのに、心配そうに小さな声を上げていた。


ーー流水は、氷雨の言葉を受けて考えていた。

自分の見たい幻とは何なのか?

親子三人で幸せに暮らしている幻か?

今までそんな想像は絵空事であり白々しいと馬鹿にして考えないようにしていたけれど、もう自身の命も残り少なく、半ば強引に望諸共自死しようと思っていたのに。

考えていいのだろうか?

最期にーー最期に、あの最愛の女と幸せに暮らしている想像を…幻でもいいから。


「置いて…逝けない」


「安心しろ。絶対に悪いようにはしない。俺が保証する」


氷雨の傍で朔が腕を組んで静かに見守っていた。

百鬼夜行の主の信頼を得るほどの男が嘘をつくはずがない。

恨みを募らせてその命を付け狙ってきたけれど、あの子は彼らに見守られて人のようにして生きて行くことができるかもしれないのだ。

鬼憑きとしての力を失った今、きっとそうして生きて行くことができるだろう。


「約束してくれ。必ず」


「約束する」


約束を交わした。

妖がそうしたならば、違えることはない。


ーーひとつ深呼吸をして心を落ち着けた流水は、氷雨の前に立って両腕を広げて見せた。


完全に無防備であり、切願に唇を震わせて目を閉じた。


「見せてくれ」


幻でもいいから親子三人で幸せに暮らしている姿を。