氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

朧たちの父の十六夜は殊更家族のことになるといつもの冷静ぶりがなくなって激しい男に変貌する。

特に妻の息吹が何らかの諍いに巻き込まれた場合、目を疑うほど恐ろしい一面を見せた。

それは息吹が特異な体質であれど、人だから。

人を愛してしまったが故に、その命を何よりも優先して守り続けようと決めたから。


それはーー流水にも同じことが言えたのだ。

だからこそ、そのことを知ってしまった朔や氷雨たちは、流水の心情を痛いほど理解できた。

息吹が人としての天寿を全うしてしまった場合、十六夜も流水のようになってしまうことは明白だったから。


「人を愛したのか。お前それは…命を削る行為だぜ」


「そんなことは問題じゃない。問題なのは、綾乃を殺し、次はその代わりにその娘をも殺し、自らはのうのうと生きようとしているその赤子だ!」


「望は悪くありません!この子は…この子は生きようとしただけ!この子を悪く言わないで!あなたの子なんですよ!?」


朧が必死に声を上げても流水の心の琴線には何ら触れることはできなかった。

何度も氷雨と打ち合い、時折朔に目を遣っては睨みつけていた。

朔はーー幽玄橋の前で終始見張りをしている赤鬼と青鬼から面会の要請が来ていたのを思い出して小さく息をついた。

面会の要請はそれこそ毎日山のようにある。

待たせることも多く、予め文でも送って来てくれていれば状況は違ったかもしれないのに、今となってはそれを悔いても何も変わらない。


「主さま、このまま生き長らえてもこいつは長くないかもしれない」


「…幸せな幻を見せてやれないか」


「やったことねえけど、やってみる」


流水から距離をとった氷雨は雪月花を水平に持ち替えて、目を閉じた。


「雪月花、俺の願いを叶えてくれ」


ありったけの幸せが流水を包みますように。