氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

氷雨は肌の色こそ真っ白でひ弱な印象があるものの、手足は長く、引き締まった身体つきをしている。

互いに間合いを取りながら少しずつ距離を縮めていくうちに、流水が痩せていて戦闘向きではない体型をしているように見えた。


「無闇に命を投げるな。改心すればいつか望とも会わせてやれるかもしれない」


「笑止。俺の最も大切なものを奪った罪を命で以って償ってもらう」


「お前の大切なものってなんだ?」


ーー雪月花の見せた幻は本人にしか見えず、綾乃の存在を氷雨は知らず、ぎらりと目を光らせた流水の逆鱗に触れたと気付いた。


このまま本気で打ち合えば、元々命を投げている流水は受け身を取らずに死んでしまうかもしれない。

試しにと一度刃を叩きつけると刀で受けてきたものの力は入っておらず、よろけて後方に下がった。

…すでに身体は限界に来ているように思えた。

氷雨が雪月花を下ろすと、流水はぎりっと歯ぎしりをして朧に抱かれている望をちらりと見た。

先程までくったりしていた望だったが、剣戟の音で目が覚めたらしく、流水を大きな目でじいっと見つめていた。


「あれが…あれが俺の大切なものを…」


「…望は若い女に庇うようにして抱きしめられてた。俺に“坊やは悪くない”って言ってた」


それは綾乃の今際の際の言葉であり、ぴくりと身体を揺らした流水は、望を指して激昂した。


「悪くないだと!?母を…綾乃を殺したんだぞ!俺の大切な女を!」


その血を吐くような告白は、朧の胸を抉った。

無垢な目で流水を見ている望を抱きしめて、ひとつ涙を零した。