氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

氷雨が構えると、流水もまた腰に提げている刀に手を添えた。

身体を斜めにして少し沈ませると、戦闘に長けている氷雨は少し眉を上げただけで、流水の眼前で雪月花を左右に振った。


「狂うのも分かるぜ。俺も朧が望に殺されてたらそうなってた。分かるけど、お前には同情できない」


「同情してほしいとは言わない。それに俺は狂ってもいない。…お前に俺の何が分かるっていうんだ」



「なんにも分かんねえけど、お前が悪意を持って望を引き取って殺すっていうんなら話は別だってこと。そうだろ朧」


――急に氷雨に話しかけられた朧は、望が泉に入った後急に身体の疲れが取れたり記憶が鮮明になったことで、伊能から望を渡してもらって抱いてやりながら頷いた。


「私たちは半妖だから、肩を寄せ合って生きていきます。だから…心配しないでください」


「心配…だと?心配などするものか!俺はそれを殺して…殺して、恨みを晴らしたいだけだ!」


恫喝されて肩を竦めると、天満は朧の肩を抱いて目を細めて流水を睨んだ。


「僕らの妹に関心があるみたいだけど、それはご法度だよ。ていうかもっともっと怖いのが出てくるだけだからね」


それはもちろん彼らの父――十六夜だったのだが、半分狂気に染まっている流水は意に介さず、ぎらぎらした目で氷雨を睨んだ。


「渡さないと言うならば、お前たちを殺した後それを引き裂いて殺すだけのこと」


「ふうん…それができると思ってんのか?俺を目の前にして?」


氷雨は普段殺気を漏らさない。

だがこの時ばかりは流水の眼前で振っていた雪月花を下げてすうっと目を細めて殺気を露わにした。


「俺は主さまたちの師匠で、朧の夫で、鬼頭家の一員になった男。自分で言うのもなんだけど、お前の範疇にはない強さだからな。心してかかって来い」


「自分で言うと説得力ないぞ」


「うっさい!」


朔に茶々を入れられてぴしゃっと叱った氷雨は、構えを解かない流水にじわりと詰め寄った。


戦いが、始まった。