氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

もう愛しい我が子とは思えなかった。

綾乃は望の成長を願っていたけれど、綾乃の命を実質奪ったのは望であり、こうして百鬼夜行の主を追ってはいたけれど、そもそも追ってどうするーー

罵声を浴びせても心は落ち着かぬ。

枯れかけた心には蠱毒のようにじわじわと狂気が満ちてゆき、自身が壊れて行く様も自覚できるようになっていた。


「やはりこの泉か」


そして辿り着いた。

泉に向かい、それに望が浸るとーー妖としての力を失い、鬼の証である角も完全に消失してしまっていた。


そしてーー百鬼夜行の主と対峙することとなった流水は、朔に手を差し伸べていた。


「それを渡せばお前たちには手を出さない」


「残念だけどそれはできねえ相談なんだ。言っとくけど主さまたちに手を出すと許さないからな」


雪月花の幻からようやく脱出することができた流水は、激しく疲弊していた。

精神が摩耗され、大して動いてもいないのに息が切れる。

…力に恵まれ、想像以上に美しい朔や雪男…氷雨と共に生きてゆくことができたならば、綾乃もきっともっと長く生きることができた。


「それは役立たずだ。もう妖でもなければ完全な人になったわけでもなかろう。どうするつもりだ、傍に置くのか」


「今後のことは主さまが決める。悪いようにはしないから、引いてくれないか」


ーー氷雨の言葉は少しも流水に届いてはいないようだった。

無表情なのは相変わらずで、身近にもほとんど表情の変わらない男は居たけれど、流水は何かが違う。


「朔兄…その男は駄目だ。もうなんの言葉も届かない。大切なものを失って狂ってる。僕には…分かるんです」


天満の透き通った美貌は悲嘆に歪み、かつて同じ境遇になりかけた我が身を抱きしめた。


この男は狂っている。

天満と氷雨の目が合い、氷雨はゆっくりとーー雪月花を構えた。