氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

最初は百鬼夜行の主を恨んでいた。

円滑に話が進めば綾乃は死ななかったはず――

そう思いながらも、‟鬼憑き”としての力を受け継いだ我が子が綾乃に執着していずれ殺してしまうことは明白のように思えてきて、怒りの矛先は我が子…望と名付けられた赤子に向かっていった。


「何故…何故お前は母を亡くしてのうのうと生きている?」


無意識ながらも綾乃を殺してしまった望が次に選んだ標的は、朧という名の百鬼夜行の主の妹。

悪意ある妖は幽玄町のある都には入れない。

彼らが望をどうするつもりなのか判断出来かねたが、必ず対策を講じて一度幽玄町を出るはずと踏んでいた流水は、都の外でその時機を見計らっていた。


――妖の間では、まことしやかに噂が流れていた。

妖が浸かれば死んでしまうという泉がある―

妖としての性を削いでしまうが故に近付く者はなかったが、或いは半妖ならばどうなるのだろうか、と酒の肴になることが多く、また流水もそれを知っていた。


「あそこしかない…」


望をあそこに連れてゆくだろう。

その頃にはあの朧という娘…どうなっているだろうか?


辛抱強く彼らが幽玄町を発つのを待ち続けた流水は、その時を迎えて早速追跡を開始した。

明らかに気付かれていたが、別にどうでもいい。

久々に見た望は大きくなっていた。

そして朧という名の娘は――明らかに疲弊し、雪男に抱きかかえられて移動することが多く、やはり望は朧に執着したのだな、と鼻を鳴らした。


「…俺の命は残り少なく、お前は他者の命を食って生きるつもりか。それがお前の生き方なのか?」


許せない。

母を失ったというのに、もう違う標的を見つけて母を…綾乃を忘れようとしているお前を、許さない。


「許さんぞ…絶対に」


絶対に。