氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

流水はその後しばらくその場に留まった。

百鬼夜行の主はまたこの場に戻って来ると言っていた。

…何か一言罵声を浴びせなければこの衝動は収まらない。

最愛の女は死に、赤子は奪われ、もう自分には何も残っていない。

そうーーこの魂を綾乃に捧げたからには、きっとこの命、もう長くはない。


「早く…早く戻って来い」


長い流浪生活の中で完璧に気配断絶の術を極めていた。

再び戻ってきた一行は村人たちを丁重に埋葬し、綾乃も丁重に埋葬してくれた。

ただその中に百鬼夜行の主の姿はなく、追わなければいけないと思った。


「臓物が…焼ける思いだ…」


身体の中で何かが煮え繰り返る。

頭を抱えて耐えようとしても独りではとても耐えきれず、綾乃の存在がいかに心の安寧を保ってくれていたのかーー思い知らされた。


「返せ…俺の全てを返せ」


綾乃はあの真っ青な男になんと最期の言葉を遺したのだろうか?

赤子は今どうしているだろうか?

追わなければ。


ーーその一心で、その日から百鬼夜行の主を追い回した。

気配断絶の術は完全なはずなのにそれを見破られていたことにも気付いていたけれど、そんなことはもう関係なかった。


…赤子はあの若く美しい女ーー朧と言う名の百鬼夜行の主の妹らしく、甲斐甲斐しく世話をしていたが…

あの赤子は鬼憑きとしての力を発揮した挙句綾乃を殺してしまったのだ。

だからこそ、執着されればどんな末路を迎えるか、流水は分かっていた。


「哀れな。俺の血を受け継いだばかりにこんなことに…」


綾乃に、赤子を頼まれた。

望、と名付けられていた。

綾乃はどんな名を考えていたのだろうか?

自分とどんな未来を築こうとしてくれていたのだろうか?


「綾乃…」


流水は少しずつ、壊れ始めていた。