氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】

死屍累々たる有り様だった。

阿鼻叫喚――村人たちは悉く臓物を齧られ、道端で倒れて絶命していた。

嘘だと何度も呟きながら綾乃と我が子が暮らす家を目指して歩き続けた流水は、路上でその愛しい存在らが倒れ伏しているのを見て足が止まった。


――他の村人のように、齧られてはいない。

綾乃は赤子を庇うようにして抱きしめていた。

赤子は綾乃にしがみ付きながら、目を爛々と光らせていた。


「これは…どういうことだ…」


「りゅ…うすい…さん…」


綾乃はまだ生きていた。

駆け寄った流水は綾乃を抱き起して怪我がないことを確認すると、周囲を見回して綾乃を軽く揺さぶった。


「どうしたんだ、これは一体…」


「妖が…小鬼が現れて…みんなを…」


…確かに妙な気配がする。

村人の齧られ方も傷口は小さく、大物ではないことが窺えた。


「少し待っていろ」


綾乃の無事を確認したもののその顔色は尋常ではなく、颯爽と立ち上がった流水は、腰に提げた刀を手に駆けた。

気配を感知しながら村を駆け回っていると、例の村長が道端で倒れ、その傍で背中を丸めた腰布一枚の緑色の小鬼がその身体を齧っているのを発見した。


「お前か」


振り向いた小鬼の目には知性の光はなく、無表情のまま小鬼を一刀両断した流水は、すぐさま踵を返して綾乃の元に向かった。


弱り切った綾乃と目を爛々と輝かせていた我が子――今まではまだ自我がなく、泣くだけの弱い存在だったが…あの目が気になる。


「綾乃」


「流水…さん…」


――綾乃は虫の息だった。


どこも怪我をしていないのに虫の息で、今にも死んでしまいそうで、手を伸ばした。


「綾乃、お前…」


伸ばした手を、小さな手が引っ掻いてきた。


小さな小さな、手が――